「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』。「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集します。
「楽しむ人」にはかなわない
孔子に「これを知るものはこれを好むものに如かず。これを好むものはこれを楽しむものに如かず」という言葉があります。「あることを知っているだけの人は、それを好んでいる人には勝てない。しかしそれを好んでいる人も、それを楽しんでいる人には勝てない」という意味です。
この「楽しむ人にはかなわない」という孔子の指摘を、痛いほどわからせてくれるのが、20世紀初頭に行われたノルウェーの探検家、ロワール・アムンゼンとイギリスの海軍軍人、ロバート・スコットによる南極点到達レースの物語です。
1910年に争われたこのレースの結果は皆さんもご存じの通り、アムンゼン隊が、大きなトラブルに遭遇することもなく、後に「あれほど楽しい探検行はなかった」と隊員が述懐するほどスムーズに南極点に到達したのに対して、スコット隊はありとあらゆるトラブルに見舞われた挙句、最後は犬を載せた数百キロの重さのソリを猛吹雪のなか人が引いていくという信じがたい状況に陥り、隊長であるスコット以下全員死亡するという悲惨な結果に終わっています。
つまり、このレースは、アムンゼンの「圧倒的大差での勝利」となったわけですが、では、この「圧倒的な大差」が生まれた原因はどこにあったのでしょうか?
私の見解はスコットが「頑張る人」であったのに対して、アムンゼンは「楽しむ人」だったから、ということになります。
「どれだけ親しんできたか?」が重要
アムンゼンは、同じノルウェー出身の探検家フリチョフ・ナンセンによるグリーンランド横断に感動して、16歳の時に探検家になることを決意しています。
その後は、ありとあらゆる探検記を読み耽って成功・失敗の要因を分析する等、知識レベルでの研鑽を積み重ねる一方で、極地の寒さに体を慣らすために真冬に窓を開け放って寝たり、あるいは極地で必須となるスキーや犬ぞりの技術を身につけたりといった身体レベルでの研鑽を積み重ねており、人生のありとあらゆる活動を「極地探検家として成功する」という目的のために一分の隙もなくプログラムしてきた人物です。
一方、スコットは海軍で出世し、提督になることを夢見ていた人物で、元から極地探検に興味があったわけではありません。おそらくは謹厳実直で非常に優秀な人物だったのでしょう。知り合いの有力者から「南極探検の隊長に最適の人物」と推挙され、おそらくは本人もこの抜擢が海軍での出世のチャンスになると考え、最終的にこれを引き受けてアムンゼンと争うことになります。
アムンゼンが十代からすでに極地探検家になるための知識の蓄積・実地の体験を積み重ねてきたのに対して、スコットは南極探検隊隊長のポジションを打診されてから、言うなれば付け焼き刃的に知識やスキルを詰め込んだに過ぎません。このように比較してみれば、二人の累積思考量の違いには天と地の開きがあったことでしょう。
この思考量の違いが最終的には大きなパフォーマンスの違いになって現れるのです。
組織論の用語を用いて言えば、アムンゼンが「内発的動機=興味や好奇心や向上心など、内面から湧き出る欲求によって喚起された動機」で動いていたのに対して、スコットは「外発的動機=金銭や地位や名誉など、外側から与えられた刺激によって喚起された動機」で動いていたということになります。
これまでの社会心理学の研究結果が示す通り「外発的動機で動く人=頑張る人」は「内発的動機で動く人=楽しむ人」には勝てない、という結果になったのです。
報酬の危険性
これまでの心理学における研究結果は、わたしたちに、報酬というものの扱いの難しさをしみじみと感じさせられます。
私たちは霞を食べて生きていけるわけではありませんから、報酬は必ず必要になります。しかし、これだけを求めて自分を駆動すれば、超長期にわたる人生というプロジェクトを通じてパフォーマンスを維持することは難しいと考えられるのです。
孔子の「これを楽しんでやっている人には誰もかなわない」という指摘をあらためて踏まえれば、私たちが就くべきなのは「最も楽しんで取り組める仕事」ということになります。