親になると、子どもの将来に役に立つようにと、多くの人がさまざまな習い事や教育方法に興味を持つ。特に、わが子には「将来、暮らしに困らないよう、しっかり稼いで経済的にも自立してほしい」と考える親も少なくないだろう。では、どうすれば「しっかり稼げる大人」に育てることができるのだろうか。教育経済学者である中室牧子氏は、著書『科学的根拠(エビデンス)で子育て』で、国際的に権威ある学術雑誌に掲載された信頼性の高いエビデンスに基づいて、子どもの頃にしておくべきことを解説している。本記事では、本書の内容をもとに「しっかり稼ぐ大人を育てる方法」を紹介する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

科学的根拠(エビデンス)で子育てPhoto: Adobe Stock

将来「稼げる大人」になる方法がある?

「子どもの頃にスポーツをしておくと身体能力が伸びる」「語学は小さい頃からしておいた方がいい」といった話はよく耳にする。

 そのため、子どもの頃にしか伸ばせない能力を育もうと、あれこれ習い事をさせる親は少なくない。

 では、もしも「将来しっかり稼げる大人にする方法」があるならば、知りたくはないだろうか。

 中室氏は、「経済学では、『将来の収入』は、学校を卒業したあとの教育の成果の1つだと考えます」と語る。

「稼げるようになるかどうかが教育の成果」と言われると抵抗を感じる人もいるかもしれないが、稼ぐ力は生きていく上では大事なことだ。

 特に親は、子どもの教育に多大な費用が掛かることから、その必要性を実感しているはずだ。

 稼げる大人になるために、子どもの頃からしておいた方が良いことがあるなら、ぜひ知っておきたいものだ。

リーダー経験が「稼ぐ力」につながる

 中室氏によると「稼ぐ大人」に育てるための方法の一つは「子どもたちが積極的にリーダーになるよう仕向けること」だそうだ。

 しかし、リーダーをした経験が、他の経験よりも「稼ぐ力」につながっているということを確認するのは可能なのだろうか。

 カリフォルニア大学にそれを調査した研究があるという。

 カリフォルニア大学サンタバーバラ校のピーター・クーン教授らが行った、「才能調査」だ。アメリカの40万人もの高校生が、丸2日間、400問もの質問を含むアンケート調査やインタビューに協力して行われた大規模な調査で、高校生の行動や人格、能力に関するさまざまな情報が含まれているという。

 その中には、部活動のキャプテンや生徒会長などのリーダー経験を聞いたものや、「自然と人がついてきてくれるかどうか」といったリーダーとしての資質に関する自己評価の質問、「会議の議長をすることがあるか」といったリーダーとしての行動を聞いた質問などもあった。

 さらに、この調査の対象となった高校生たちに、9~13年後にもう一度インタビューをすることで、クーン教授らは、高校時代のリーダー経験が就職したあとの収入に与える影響を調べたのだ。その結果は次のとおりだ。

分析の結果、高校時代にリーダーシップを発揮した経験がある人は、そうした経験のない人に比べると、高校を卒業して11年後の収入が4~33%も高くなることが示されたのです。(中略)
加えて、高校在学中にリーダーだった人は、高校を卒業して11年後に管理職に就く確率も高くなっていました。リーダー経験の賃金プレミアム(リーダー経験があることの賃金の上乗せ分)は、彼らが将来管理職になったときにもっとも大きくなることが示されています。(P.30)

リーダー経験の有無が採用に影響する

 他にも、リーダー経験があると、採用で有利になることを示したエビデンスもあるという。それは次のようなものだ。

 ベルギー北部のフランダースで、企業に対して架空の履歴書を送り、どのような経歴や経験を持つ人が面接に呼ばれるかを確かめる実験が行われたという。

 その際に送られた履歴書は次の4つのパターンだ。

⚫︎履歴書の4パターン
パターン1:成績は普通で、リーダー経験もない
パターン2:成績は良いが、リーダー経験がない
パターン3:成績は普通だが、リーダー経験がある
パターン4:成績も良く、リーダー経験もある(P.32)

 これら4パターンの履歴書について、面接に呼ばれる確率を調べた結果、リーダー経験があることが記載された履歴書は、面接に呼ばれる確率が2.1~3.3ポイントも高いことがわかったそうだ(パターン1と3および2と4を比較)。

 さらに、特に履歴書に書かれた性別が女性の場合に大きな効果があったという。

 会社側の立場になってみれば、これは当たり前の結果とも言える。

 優れたリーダーは、チーム全体の成果を上げるし、部下の育成にも影響する。

 現代の若者はリーダーになりたがらないことを考えても、リーダー経験がある人は将来の管理職候補としても有望と考えるのは当然だ。

 採用担当としては、ぜひ採用したい人材と言えるだろう。

学力や学歴にも作用するリーダー経験

 中室氏はさらに「学力や学歴に関しても、リーダー経験があると学力は高くなることがわかっている」と語る。

クーン教授らの研究でも、リーダーの経験がある高校生は、同程度の学力でリーダーの経験がない高校生と比較すると、24%も4年制大学に行く確率が高く、38%も大学院に行く確率が高いこともわかっています。リーダーになれば、学力や学歴も高まると言えるでしょう。(P.35)

 学力や学歴が高まるのであれば、そのこと自体も就職活動の際にプラスに働くことも多いだろう。

 リーダーになることは、リーダーとしての経験値を得るだけでない良い影響があるということがよくわかる。

リーダーシップは才能ではなく「スキル」

 しかし、「リーダーシップを身につける」と言っても、「それは生まれ持った性格なのでは?」と思う人もいるのではないだろうか。

 引っ込み思案の子、まとめる力がない子がリーダーになれるのかと考えると、いささか不安に感じるかもしれない。

 しかし、中室氏は「リーダーシップとは、天賦の才能として与えられたものではなく、経験を積むことによって習得できる『スキル』だ」と語る。

 中室氏自身も大学のゼミで、なるべく多くの学生にリーダーの役割を経験してもらうように工夫しているという。

 なぜなら、「そうすることで、リーダーになった学生は、みるみるうちにグループの意見をまとめて集約することや、大勢の前で説得力のある話をすることに上達していくから」と話す。

 経験さえすれば、リーダーシップは誰にでも十分身につけることができるスキルなのだ。

大人からの働きかけも重要

 では、子どもたちがリーダーになるように促すにはどうしたらいいか。その答えを、中室氏は次のように説明する。

政治学の研究では、約4000人の高校生と大学生を対象に、リーダーの代表格とも言える「政治家」に立候補しようという野心がどのように生まれるのかということを明らかにしています。
その答えは、親から立候補を勧められたとか、親と一緒に投票に行ったという経験にあるようです。ですから、親や周辺の大人が、子どもたちに対して積極的にリーダーシップをとるように働きかけることは有効でしょう。(P.36-37)

 このように「リーダーシップ」というスキルが子どもの将来に大きく影響してくると考えると、少しでもそれを経験する機会を増やしてあげるのも大事なことだとわかる。

 であれば、子どもたちが集まるイベントや家庭内でもいいから、ちょっとしたことでも「リーダー役」を任せる習慣を作るといいだろう。

 子どもを将来「稼げる大人」にするためにも、子育て中の方は、ぜひ試してみていただきたいものだ。