ニューロマイノリティ独特の感性が
美しい芸術的結晶に昇華された

 そのようなスノークのおじょうさんですから、彼女にもトーベの分身という側面があるはずです。彼女をヒロインとして、ムーミントロールにとって特別な女の子と位置づける。

 ここにはトーベのレズビアン的な側面がよく現れていると同時に、じぶんの内面性を遠慮なくさらけだすニューロマイノリティの特性が示されているのではないでしょうか。

 ニューロマイノリティはいろんな局面でニューロマジョリティよりもシンプル思考を見せる傾向があります。食肉植物アンゴスツーラに襲われたスノークのおじょうさんを救うために、ムーミントロールがスナフキンに渡されたナイフを持ちながら、「やい、この台所ブラシめ!」「ひょっとこやろう、おいぼれネズミのしっぽ。おまえは、死んだブタの昼寝の夢みたいなやつだな!」「シラミのさなぎめ!」と叫びつつ、相手を挑発するのは、そのシュールな表現センスゆえに私自身と重なり、ニューロマイノリティという「種族」の問題に思いを馳せさせます(『彗星』p.104-105)。

 ニューロマイノリティの「天才なのかおバカさんなのか」という印象が芸術的に昇華したからこそ、シュールな表現という美しい芸術的結晶が生まれてくるのではないでしょうか。

 スノークのおじょうさんが加勢しようとして、大きな石を投げたところ、失敗してムーミントロールのおなかに命中してしまうのも、さらには「あらっ、たいへん。わたし、あの人を殺してしまったわ!」と早合点してしまうのも、そのドジさゆえにニューロマイノリティ的だと思うのです。ニューロマイノリティにはしばしば発達性協調運動症(深刻な運動音痴や不器用を特徴とする発達障害)が付随することも、補足しておきましょう。

ムーミン世界ではなぜ
水辺への親近感が描かれるのか

 私は『みんな水の中─「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』という本で、いつも水中で生きている感覚があると書いたんです。

 自閉スペクトラム症に由来する孤絶感、注意欠如多動症に由来する頭のなかがつねにうねっているような感覚、発達性協調運動症に由来する身体バランスのあやふやさ、(これは発達障害ではありませんが)複雑性PTSDのフラッシュバックに由来する現実がぐちゃぐちゃにされた感じ、解離性障害に由来する現実と空想が混交する感じによって、この体験世界が立ちあがってくると私は考えています。

 ムーミン・シリーズを読むたびに、私はトーベが私の体験世界に似たものを、彼女の体験世界として生きていたのではないか、と想像してやみません。