日本人にとっては牧歌的な印象があるムーミン・シリーズだが、実はその登場キャラクターたちには、みんな「ある秘密」があった!?発達障害の当事者である文学研究者の横道誠氏が、独自の観点で作品を解説し、ムーミン作品の中に隠された驚きの隠喩の数々を紹介する。本稿は、横道 誠『なぜスナフキンは旅をし、ミイは他人を気にせず、ムーミン一家は水辺を好むのか』(ホーム社)の一部を抜粋・編集したものです。
ムーミン・シリーズと
広島への原爆投下との関係
『ムーミン谷の彗星』は、1946年に初版が刊行されました。原題はKometjakten(『彗星探し』)です。ムーミン・シリーズが中盤に入っていた1956年に改訂版が作られ、原題はMumintrollet pa kometjakt(『ムーミントロールと彗星探し』)でした。シリーズが終盤に入っていた1968年には三訂版が刊行され、原題はKometen kommer(『彗星が来る』)でした。私たちが日本語で読めるのは三訂版ですので、シリーズ初期作品としての未熟さは感じられず、完成度の高さが保証されています。挿絵も改訂されているので、ムーミン・シリーズが出発した時点のデザインセンスを残した『小さなトロールと大きな洪水』(編集部注/ムーミンシリーズ第1作。第二次世界大戦直後に小冊子として出版され、長らく絶版に。シリーズ全8作が完結した1991年にようやく本として出版された)とは、読み味も視覚的印象もだいぶ異なります。
しかし世界観に関しては、前作と今作で通底するものがあります。前作では大洪水が描かれ、それに翻弄される小さな生きものたちが対比されましたが、今作では彗星が地球にやってきて、ぶつかりそうになって地球が滅亡するかもしれないという事件が物語の焦点になります。彗星が結局は地球を掠めるだけで宇宙の彼方に飛びさっていくのは8月7日ですから、トーベ(編集部注/トーベ・ヤンソン。ムーミン・シリーズの作者である女性)がこの本を出す前の年に起きた世界史的事件を念頭に置いていたのは明らかです。
1945年8月6日には広島で、同年8月9日には長崎で原子爆弾が投下されていました。ムーミン・シリーズの成りたちには戦争の影響が大きいと言えるでしょう。ただし畑中さん(編集部注/畑中麻紀。新版ムーミン全集の改訂翻訳者。横道誠氏の著書『なぜスナフキンは旅をし、ミイは他人を気にせず、ムーミン一家は水辺を好むのか』に「ぴったりの居場所がない人のために」というコラムを寄稿)によると、『ムーミン谷の彗星』で8月7日が彗星襲来の日とされたのは改訂を経たあとで、当初は別の日が問題の日として設定されていたそうです。
ニューロマイノリティの特徴を
備えているムーミン谷の仲間たち
本作で、ムーミントロール(編集部注/ムーミン族の男の子で、アニメ版の主人公・ムーミンの原型)とスニフは宇宙の様子を見るために天文台まで旅をすることになり、一行にスナフキン、スノーク、スノークのおじょうさんが合流していきます。ところで、彼らの行動のチグハグぶりは注目に値します。干上がった海を越えるために竹馬で進むことをスナフキンが提案するのですが、そもそもこの想像の斜め上を行く奇想天外な解決方法の提案が、ニューロマイノリティ的です。