いまシリコンバレーをはじめ、世界で「ストイシズム」の教えが爆発的に広がっている。日本でも、ストイックな生き方が身につく『STOIC 人生の教科書ストイシズム』(ブリタニー・ポラット著、花塚恵訳)がついに刊行。佐藤優氏が「大きな理想を獲得するには禁欲が必要だ。この逆説の神髄をつかんだ者が勝利する」と評する一冊だ。同書の刊行に寄せて、ライターの小川晶子さんに寄稿いただいた。(ダイヤモンド社書籍編集局)

イヤな人の中に入ってみる
自分に対し攻撃的だったり、イヤなことを言ってきたりする人とは距離をとるのがいいというのが普通の考え方だ。
しかし、「そういう人がいたら、中に入ってみなさい」という人がいた。
「実際に自分の中から抜け出て、相手の人の体の中に入り込むイメージをするんです。すると、不思議なことが起こります」
その人自身、嫌がらせをしてくる隣人の体の中に入って隣人の気持ちを味わったことで、嫌がらせがピタリとやんだらしい。
私はこの話を聞いて、やってみようと思った。その日の帰り道、早速チャンスが訪れた。電車の中に、ブツブツと文句を言い続けているおじいさんがいたのだ。白杖を持っており、目が見えないのであろうことがわかった。かなり怒った様子で、何を言っているかはわからないが、怖い感じがするため車内の人は彼を避けて座っていた。
私はおじいさんの近くに座り、自分から抜け出て、おじいさんの中に入った。すると、不安な気持ちになった。車内はガヤガヤとうるさく、アナウンスが聞こえにくい。不安から怒りのようなものが湧いてきた。なぜ自分にやさしくしてくれないのか?
電車が止まった。その駅でおじいさんは降り、私も降りた。ホームで別の電車に乗るため待っていると、さきほどのおじいさんが杖をつきながら私に近づいて来た。
「さっきはありがとう。心配してくれていたのはあなただよね」
私は心底びっくりした。私はおじいさんの中に入るイメージをしただけで、何も言っていないし、手を貸したりもしていない。
「はい。大丈夫ですか?」
「ありがとう。あなたはきっと幸せになるよ」
おじいさんはそう言って去っていった。
これは本当にあったことである。相手の中に入るのは、ものすごい効果があるみたいなのだ。
敵を友にする
奇しくも、古代ローマの皇帝であり哲学者のマルクス・アウレリウスも、「イヤな相手の中に入ってみよ」という言葉を残している。
そうすれば、彼らにあれこれ思われたところで、気にする必要はないとわかる。
ただし、そういう人たちにも親切にすること。彼らも本来は友なのだから。(マルクス・アウレリウス『自省録』)
――『STOIC 人生の教科書ストイシズム』より
電車のおじいさんは私に敵意を向けていたわけではないけれど、自分に対してイヤなことを言ってくる人がいたときも、相手の中に入ってみたらいいのかもしれない。本当は別のことで機嫌が悪いとか、さみしいからかまってほしいとか、別の見え方になるのではないだろうか。
それでも、本当にどうしようもない人だと思ったなら、そんな相手のことで悩む必要はないという。
しかし、だからといって突き放すのではなく、「親切にしなさい」というのがすごい。
簡単にできることではないかもしれないが、このくらいのマインドでいるほうが心を強く保てるのかも、と思う。
(本原稿は、ブリタニー・ポラット著『STOIC 人生の教科書ストイシズム』〈花塚恵訳〉に関連した書き下ろし記事です)