営業がバイヤーと交渉をする際、バイヤーからさまざまな「要求」が寄せられることがあります。その背景にある「ビジネス環境からくる潜在的なニーズや課題」を理解することは、バイヤーとの理性的な対話を可能にし、成約率を向上することにつながります。
一方、感情面での理解も重要です。バイヤーの深層心理にはメカニズムがあり、その理解は、単発の商談のみならず、長期的にバイヤーとの関係を密にし、商談の成功率を高めていくことにつながると考えています。
バイヤーの心理、バイヤーの態度・行動変容のヒントについては、社会心理学や行動経済学の理論が参考になります。『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)から抜粋して解説します。

【エンドウメント効果】「あなたが決定したプラン」と思わせたら勝ちPhoto: Adobe Stock

相手の「所有」の意識を高めよ

 エンドウメント効果とは、「人は所有するものに対して、過剰に価値を感じる傾向を示すという心理的現象で、行動経済学においてよく使われます。1980年代に経済学者のリチャード・セイラーと心理学者のダニエル・カーネマンによって提唱された理論です。

 エンドウメント効果は、人々が損失を回避しようとする傾向(損失回避)と関連しています。すでに所有している物品を手放す際、それを得るために支払うよりも多くの価値を要求する傾向がある。所有するものを手放すことは好ましくないと考える傾向があるということを指摘しています。

 つまり、人は所有している物やサービスに対して、実際の市場価値以上の価値を感じることが多いというものです。これは、モノに限らず、コトにおいても同じです。

 したがって、営業としては、バイヤーに「所有」を感じてもらえるような取り組みが有効となります。

 例えば、共同の売り場開発プロジェクトを立ち上げたり、プロモーション品開発のカスタマイズを提案する。バイヤーと協働企画を行ったり、何かを意思決定する際のプロセスに参画してもらったりすることで、商品やプロジェクトに対する「所有」意識が高まるのです。こうなると、成功に向け、より積極的な貢献をしてもらえるという利点があります。

 1990年代の後半に米国勤務した際、職場の同僚からP&Gの営業チームで最大の売上を誇るウォルマートチームの活動内容とその歴史的背景の話を伺う機会がありました。

 1990年代初頭まで、最強のディスカウンターでありハード・ネゴシエーターであるウォルマートと、最大手の消費財メーカーのP&Gは、やや敵対関係にありました。

 しかし、お互いの強みと専門性を活かし、戦略的なパートナーシップを結び、サプライチェーンで協働プロジェクトを開始することになります。

 接触頻度も高まり、共同のオーナーシップを持ったプロジェクトにより、お互いの「所有」意識を高めた効果が発揮されました。その後、両者は需要創造も含めた協働関係を育み、30年以上も続くWin-Winの関係構築につながっていったのでした。

※当記事は『営業戦略大全 世界レベルの利益体質をつくる科学的ノウハウ』宮下建治(ダイヤモンド社)からの抜粋です。