日本の教授人事は「補充」が大半
定年退官者の弟子が後を継ぐ

 さて、わが国の国立大学の場合、かつてはよく閉鎖的な人事による学閥の弊が指摘された。

 その後、改善が進んだのは事実である。それでも人事選考がドイツほど厳格かどうか、筆者には少なからず疑問である。

 むろん、筆者は国立大学全般の状況を把握しているわけではない。人事の慣行は専門分野、大学や学部によって実にさまざまで、表向きの手順・手続きはともかく、実態はインサイダーにならないとわからない。

 その点、筆者の経験はきわめて限られている。とはいえ、10も20もの職場に勤めるのはだれにとっても無理な話だから、人文系での個人的経験をもとに、という但し書き付きで、筆者の見解を述べても許されよう。

 筆者が大学を離れて以降、変化もあろうが、少なくとも当時は万事ゆるやかであった。まず人事はほとんど「補充人事」で、現任者が定年等で退職した後の「空きを埋める」ものであった。逆にいえば、ポストの存在自体は自明視されていて、ポストの配置や教育・研究の内容を見直すという話はほとんど聞かれなかった。

 そのせいか、人文系では学科や専攻の新陳代謝が比較的鈍い。たとえば、各地の大学の文学部には、戦前以来の仏文、独文の学科を抱えるところが見られる。一方、たとえば東南アジア諸国やアラブ圏の文学を学ぶ学科や専攻を置いているところはきわめて少ない。

 手順は何につけ、簡素であった。選考は通例、学年初に始まって、秋には実質的には終了していた。人事委員会は3名程度と小規模であった。当時すでに人事はすべて公募による決まりだったが、ただ委員会が選んだ最終候補者は不思議に内部の者が多かった。

 つまり、教授が定年退職した後の人事で、そこの准教授が最終候補者となっているケースである。人事委員会の選考結果は、学部の教授会からさらに大学本部へと回されて承認を受けるが、筆者は寡聞にして、その過程で委員会の結論が却下されたという話は聞いたことがない。

 人事をめぐって学部内で波風が立つのは避けたいと思うのは人情である。だが、そうした内輪の論理を優先させれば、長期にわたるツケとなりかねない。いったん採用された教授は、通例定年まで在職するからである。