アメリカの大学に「医学部」がない意外な理由写真はイメージです Photo:PIXTA

日本では、医学の知識は豊富でも、人格には疑問符がつくような医者がどんどん輩出されていると指摘するのは、精神科医の和田秀樹氏だ。日本の医学生は医学以外のことに興味を持たず、新任教授の選び方も忖度だらけ。一方のアメリカでは入試システムから日本とは異なり、いい医師を養成し学問を発展させようという意識が段違いに高いのだという。本稿は、和田秀樹『ヤバい医者のつくられ方』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。

優秀な人ほど教授になれない!?
日本の大学の理不尽すぎる現実

 学問とは発展していくのが当たり前だという考えのアメリカの大学では、新たな教授を選ぶことも既存の教授陣に任せたりはしません。

 新しい教授の人選を担当するのは、「ディーン(dean)」という肩書の人です。

 比較的、若い人がつくことが多いディーンには優秀な教授を他の医学部からスカウトしてくる職務もあります。

 アメリカという国は名より実を取る傾向が強いので、その大学が信用できるかどうかは、どれだけ優秀な教授がいるかで評価します。優秀な教授が多いという評判が立つと、ますます優秀な教授が集まるようになり、どんどん大学の評価は上がります。

 逆に大した実績のない人を教授にして大学の評判を落とすようなことをすればディーンはクビになりますから、変な忖度も生まれようがありません。

 日本の場合、一部の私立大学を除く多くの大学は、既存の教授が新しい教授を選ぶというシステムが取られているので、優秀すぎる人はなかなか教授に選ばれないという風潮があります。自分より優秀だとわかりきっている人を新たに教授にすると、自分の影が薄くなってもう威張れなくなるのがよほど嫌なのでしょう。

 テレビでも活躍されていた考古学者の吉村作治氏は、数多くの発見をして、論文もたくさん書かれていたのに、早稲田大学でなかなか教授になれなかったのは有名な話です。長く助教授として過ごすことになったのは、人気が高かったことをほかの教授たちに妬まれていたからではないかと言われています。

 世の中の人たちが性善説で語りがちな大学教授の中には、このように私欲だけで動いているとしか思えない人たちがたくさんいます。

 そして、入試面接や教授選がこんな人たちに都合のいいかたちで遂行される限り、日本の大学はこのまま弱体化していく一方だと思います。

なぜ医学生は医学以外に
興味を持てないのか?

 大学の医学部で医者になるための知識や技術を学んだあと、医師国家試験に合格すれば、その後、臨床研修が義務付けられてはいるものの、形式的には医者になれます。

 ただし、大学の医学部の授業で教わるようなことだけを学んでおけばいいわけではなく、一人前の医者になるためには、それ以外にも知っておくべき知識がもちろんあります。