芸術は自分でやったほうが
より深く楽しめる
芸術表現は、プロだけに許されているものではなく、すべての人に開かれています。
アマチュアだって、受け手の立場のみに甘んじるのをやめ、素直に表現行為をすればよいのです。運動なんかでも、別にみんながプロのアスリートになる必要もなく、またそれはもちろん不可能です。しかし、休日の楽しみとして、あるいは仲間どうしの気晴らしとして、スポーツに打ち込むのは、ごく自然の営みです。芸術もそれとちょっと似たところがあるだろうと思います。
しかるに、芸術において、実践と鑑賞は表裏一体のところがあります。すなわち芸術は、少しでも自分でやった経験を持っているほうが、より深く楽しめるものです。絵を描いた経験がある人は、絵の見方にも熱意と深みが出ますし、音楽をやっている人は音楽の聴き方・味わい方が深くなります。それは、自分も経験のあるスポーツは、観ていてもより楽しく感じられるのと似ています。
例えば、長唄の心得のない人は、長唄と都々逸の区別もつかないかもしれないし、「喉を絞めたような声で、なんだか古くさいわけのわからない文言を歌っている」と思うくらいのものでしょう。
なにごとも、自分がやってみれば理解が一気に深まります。だから、何かをより良く観賞したいと思えば、その芸術をすこしでも実践してみるのが一番の近道です。

林 望 著
歌い方や絵の描き方などは、中学・高校の授業で一通りは教わっているかもしれませんが、それはなにしろ通り一遍の集団教育ですから、あまり効果はなかったかもしれません。
そこを、専門の先生について、もっと本格的に学べば、学校では習わなかった技巧や作品の見かたなど、あるいは楽譜の分析などを子細に教えてもらえて、結果的に楽しさも倍増するはずです。
そうすると、実践してみる前には気付かなかった、細かな筆遣いやら色彩の技巧などもしっくりと心に届き、また音楽ならば、名人上手の演奏の、深い到達点にも思いが至ることと思います。
そんなわけで、とにかく芸術を楽しみたいなら、まずは万難を排して、自分でやってみることです。別に自分がプロレベルに達する必要なんかありません。やればわかることがたくさんある、そのことが芸術を知るための必要な階梯だ、とそんなふうに言えるかもしれません。