新刊『ファイナンス学者の思考法 どこまで理屈で仕事ができるか?』は、ものごとを深く本質的に考えたい人に贈る、科学とビジネスをユニークな形でつないだ知的エッセイ。投資銀行と米系コンサルを経て大学教授へと転身した異色の経歴を持つ宮川壽夫氏が、話題書『新解釈 コーポレートファイナンス理論 「企業価値を拡大すべき」って本当ですか?』に続いて世の中に問いかける第二弾です。
ファイナンス理論をモチーフに「科学的な思考プロセス」をいかにしてビジネスの現場に活かすか、その方法と限界について軽妙な語り口でやさしく説きます。風を読みながら適応する「セール(帆)の理論」と、風の方向にかかわらず根本的に考えて進む「オール(櫂)の理論」、本書で展開されるこの新たなメタファーを通じて科学の思考を学べば、明日からきっと仕事へのアプローチが変わります。今回は、会話で使うだけでスムーズに相手を説得できる魔法の数字をご紹介します。

営業 進む 仕事 捗る ファイナンス 思考法Photo: Adobe Stock

マジックナンバー、それは「3」

 結論から先に述べると、私が感じるデキそうに見える人とそうでない人の違いはこれができるかどうかだけの差です。小説やエッセイでもない限り、ものを書く場合も同様です。論文も報告書も提案書も、最初のページの上半分くらいでまず結論が出てこなければなりません。ところが、われわれ日本人はどういうわけか小学生のころから「起承転結」で文章を書くように教育されます。起承転結はもともと漢詩に使われる修辞の技法であって、相手に何かを伝えたり、説得したりする場面にはふわしくありません。というよりもむしろ絶対に使ってはならない文章構成です。学術論文でもビジネス文書でも起承転結で書いたり、しゃべったりすることはまずありません。

 デキそうに見える人はなにかを聞かれると「私は○○と考えます。理由は三つあります」と結論をズバリと答えて自分の主張をトップダウンで説明する人です。私が新入社員のころ、人になにかを聞かれたらすぐに「三点あります」と答えろと教えられました。三点あろうとなかろうと、まずは「三点あります」と即答する。そして一点目をしゃべりながら二点目を考え、二点目をしゃべりながら三点目を考える、これが鉄則です。

 実は、三つという数字はマジックナンバーと言われています。最近になって知ったことなのですが、認知神経科学の研究では「スービタイゼーション:subitization」と言って、人間は四個を境に「三個以下の物の個数を把握するときには、それ以上の個数を把握するときとは違う、固有のメカニズムが働いている」と言います。要するに、人間は三つまでは頭に入りやすいけど、それ以上になると入りにくいということです。そう言われれば、たしかに漢数字は「一、二、三」と書いて次は「四」になり、ローマ数字も「Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」ときたら次は「Ⅳ」です。数字の表記方法は人間の認知の限界に合致してでき上がっているのかもしれません。信号の色もオリンピックのメダルの色も三色だし、野球のアウトカウントも三つだし、「心技体」とか「三位一体」とか「ヒト・モノ・カネ」とか、3という数字はわれわれの生活に呼応しているかのようです。

 だから私は資料を作るときも、ポイントが四点あればなんとか三点に絞り、二点しかなければなんとかもう一点加えるようにしています。ただし、単になんでも「三点あります」と言っているだけではだめで、その三点がMECEになっているとカッコイイ。また、二点のときはMECEであり、同時に二項対立になっていると説得力があります。二項対立は哲学分野で展開された構造主義に由来する概念です。「実質的にvs形式的に」「外部環境vs内部環境」とすれば二項対立になってカッコイイ。たとえば「外部環境」であれば「内部環境」でないものを指し、「内部環境」であれば「外部環境」でないものを指すので、この両者は排他的である一方、「内部環境」と「外部環境」の二つで残らずすべての概念が網羅されます。つまりモレがなくダブリがない、すなわち二項対立は常にMECEになっています。

 ここでお話ししたことは、一方的にプレゼンテーションをするときや文章を書くときだけでなく、目の前に相手がいて議論や交渉をするときも同様です。(1)相手の主張はなにか、(2)その主張はなにを根拠にしたものなのか、その因果の構造をお互い確認します。きちんと声に出して「あなたの主張はこうですよね? その根拠はこれこれこういうことですね?」と念を押したうえで、その論理の破綻を修正していきます。

 見解の対立は根拠となる事実そのものにではなく、意外と事実に対する双方の理解の仕方にあるものです。対立点はいくつあって、こちらが譲歩できるものはどれで、絶対に譲れないものはどれか? 相手が絶対に譲歩したくないものはどれか? 丁寧にわかりやすく解きほぐすためには、結論から出発してロジックツリーのように因果の構造を明らかにします。

 歩み寄る、あるいは落としどころを見つけるためには、双方の共通点を探るのではなく、むしろ相手の主張が自分の主張と異なる点はどこか、お互いの違いを粘り強く明確にすることが重要です。しかし、最終的に決裂がふさわしい場合もあります。そのときは静かに席を立ちましょう。決して胸ぐらをつかんではいけません。

 参考文献:森田真生[2018]『数学する身体』(新潮文庫)

(本記事は『ファイナンス学者の思考法 どこまで理屈で仕事ができるか?』より、本文の一部を抜粋・加筆・再編集したものです)