東日本大震災によって日本列島は地震や火山噴火が頻発する「大地変動の時代」に入った。その中で、地震や津波、噴火で死なずに生き延びるためには「地学」の知識が必要になる。京都大学名誉教授の著者が授業スタイルの語り口で、地学のエッセンスと生き延びるための知識を明快に伝える『大人のための地学の教室』が発刊された。西成活裕氏(東京大学教授)「迫りくる巨大地震から身を守るには? これは万人の必読の書、まさに知識は力なり。地学の知的興奮も同時に味わえる最高の一冊」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。

日本沈没は本当に起こる?
プレート・テクトニクスが関係する新しいトピックに触れておきましょう。今回も質問をいただいています。
──鎌田先生は将来、ドラマのように日本が沈没すると思いますか?
ここでいうドラマは『日本沈没-希望のひと-』(2021年にTBS系列で放送)のことですね。これは小松左京さんのSF小説が原作です。
先に答えからいうと、日本列島は沈没しません。ただ、現象としては日本列島が沈没するかのようなことがゆっくりと起きています。
どういうことかというと、ドラマの『日本沈没』は、いま実際に起きているプレート・テクトニクスを早回しにしているんです。動画の100倍の早回しみたいに。
そんな時間軸なら、日本列島は沈没するし、あのようなすごいカタストロフィが起こるでしょう。つまり映画やドラマに合うビジュアルになるわけです。
でも、日本列島は沈没しないですね。なぜならばとてもゆっくり動いているから。先ほども言ったけれど、太平洋プレートが大陸プレートに沈み込むペースは年間で8センチメートルです。
でも、それが100倍速くなると日本列島が沈没します。
この作品は、僕の先生にあたる東京大学の地球物理学教授の竹内均先生がブレーンになっていて、竹内先生は1973年に『日本沈没』がはじめて映画化されたときにも出演しています。ご本人の役ということで、面白い設定ですよね。
定性的と定量的
竹内先生が監修していることからもわかるように、『日本沈没』は地球科学的には正しい。正確に表現すると「定性的」には正しいと言えます。
定性的とは、数値化できるかどうかは別にして性質に注目する考え方です。
この『日本沈没』の場合はプレートが沈み込むという性質の面では正しいんです。実際に同じことが起きている。これは「物理モデル」です。
一方で、定性的と対になる言葉として「定量的」があります。定量的は事象を数値や数量に着目してとらえることで、この『日本沈没』の場合は時間のスケールが違う。
この定性的と定量的という二つの考え方も、地球科学の重要なキーワードです。
それで定量的に違うと、まるきり違う現象が起きるんです。
たとえば、いま地球には地殻があって、マントルがあって、核があるという構造をしています。
それでマントルのなかも核のなかも対流している。それは1億年という周期で、僕たちはなかなか実感できない。
でも、鍋でお湯を沸かしたら5分で沸いて、なかのお湯はグルグル対流するのを自分の目で確認できますよね? こういう話です。
「長尺の目」で世界を見る
つまり時間を含めて量という考え方が加わると世界が変わるのです。
普段、僕たちは経済活動をしていて、たとえば会社では四半期という言葉を使いますね。「3か月ごとの業績が……」とか。
一方、地球科学ではマントルの対流の周期が1億年、火山の寿命が1万年という世界を考えています。時間軸が長い方向にずれています。
この長い尺度の目、「長尺の目」で見るとまったく違った世界が見えるんですよ。
こういう視座はやはり地球科学が教えてくれることなんですよね。そして僕はその新しい見方を伝えたいのです。
もう一つ、『日本沈没』に登場する言葉で押さえておきたいものがあります。それは「スロースリップ」ね。
物語のなかでは、地震学者が「スロースリップが日本沈没の予兆だ」と主張しています。スロースリップは「ゆっくりすべり」ともいいます。
プレートが跳ね返るなど大きな動きをするときに地震は起きるけれど、その際に地震をともなわないのがスロースリップです。
結論をいうとスロースリップは現実に則っています。だけど、あんなに頻繁には起きていない。ドラマ性を持たせるために速度や規模を100倍あるいは1000倍にしているんですよね。
本当の「日本沈没」とは
実際にはたまにしか起きないんですが、現象として間違っていない。こうして見ると、やはりどの『日本沈没』もよくできています。だからドラマや映画を見るだけでいい勉強になりますよね。
実際に国土は沈没こそしないけれど、たとえばこれから起こるとされている南海トラフ巨大地震は220兆円、首都直下地震は95兆円、富士山噴火は2.5兆円という、とてつもなく大きな額の被害が出ると試算されています。
しかも、震災後の20年間の総被害額は10倍以上(土木学会試算で1410兆円)になる可能性もあって、それらを全部合わせると日本の国家予算の10年分にも相当します。
すると、財政的に日本は立ち行かなくなりますよね。これこそがまさに日本沈没です。ただ、南海トラフ巨大地震などの大きな災害はいまから準備すると、経済被害を8割も減らすことができる。よって日本沈没をいかに食い止めるか。それができるのは地球科学の知識なんですよね。
参考資料:【京大名誉教授が教える】首都直下地震で「最も被害が大きいと予想されるエリア」とは?
(本原稿は、鎌田浩毅著『大人のための地学の教室』を抜粋、編集したものです)
京都大学名誉教授、京都大学経営管理大学院客員教授、龍谷大学客員教授
1955年東京生まれ。東京大学理学部地学科卒業。通産省(現・経済産業省)を経て、1997年より京都大学人間・環境学研究科教授。理学博士(東京大学)。専門は火山学、地球科学、科学コミュニケーション。京大の講義「地球科学入門」は毎年数百人を集める人気の「京大人気No.1教授」、科学をわかりやすく伝える「科学の伝道師」。「情熱大陸」「世界一受けたい授業」などテレビ出演も多数。ユーチューブ「京都大学最終講義」は110万回以上再生。日本地質学会論文賞受賞。