「仕事でのモヤモヤをプライベートに持ち込まない方法があります」
そう語るのは、これまでネット上で若者を中心に1万人以上の悩みを解決してきた精神科医・いっちー氏だ。「モヤモヤがなくなった」「イライラの対処法がわかった」など、感情のコントロール方法をまとめた『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』では、どうすればめんどくさい自分を変えられるかを詳しく説明している。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、考え方次第でラクになれる方法を解説する。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)

仕事をプライベートに持ち込んでしまう
ある30代の患者さんから、このような言葉をもらったことがあります。
「家に帰っても、頭の中は仕事のことでいっぱいなんです。夜も眠れず、休日もメールが気になって...。これって普通ですか?」
この問いかけに、あなたも心当たりがあるのではないでしょうか。
特に新社会人など、新しい職場で働き始めたビジネスパーソンにおいては、仕事の緊張感や不安をプライベートの時間に持ち込んでしまうことは珍しくありません。
しかし、これが長期間続くと、本来は回復のための時間が十分に機能せず、心身のバランスを崩す原因になることがあります。
今回はそんな仕事の不安をプライベートに持ち込まないため、メンタルをリセットする方法について共有したいと思います。
境界線が曖昧になるとき
東京で金融関係の仕事をする28歳のAさんは、スマートフォンを手放せなくなっていました。
「電車の中でも、食事中でも、寝る直前でも、つい会社のメールをチェックしてしまうんです」と彼は言います。
帰宅後も仕事モードから抜け出せない彼の症状は、現代のビジネスパーソンによく見られる「境界線の曖昧化」が起こっていると考えられます。
私たちの脳は、実は「切り替え」が苦手な面があることはご存じでしょうか?
仕事中に活性化した思考回路や、分泌されたストレスホルモンは、物理的に職場を離れても簡単には収まりません。
まるで高速で走っていた車がすぐには止まれないように、私たちの心にも「慣性の法則」のような法則性があって、すぐに切り替えることができなかったりするのです。
脳の慣性を緩やかに止める技術
では、どうすればよいのでしょうか?
そんな慣性の法則をコントロールし、脳を切り替えるための秘訣は「緩やかな減速」にあります。
帰宅してすぐに気持ちを切り替えよう、整えようとするのは急ブレーキをかけるようなものでなかなかうまくいきません。
そのため、まずは家に帰ってからの簡単なルーティンワークを取り入れてみると良いでしょう。
例えば、腹部に手を当て、ゆっくりと深呼吸をする「呼吸法」を日常に取り入れることで、緩急のバランスを整えることができます。
「こんな単純なことでいいの?」と思うようなシンプルな行為が、交感神経優位の状態から副交感神経へのシフトを促す習慣になってくれるのです。
次に、家に着いたら「まず着替える」ことを意識してみても良いでしょう。
これは単なる服の交換ではなく、「役割を変える」といった心理的な効果を起こしてくれることがあります。
IT企業で働いているBさんは「スーツを脱いで、家で私服に着替えてからの15分間が自分の中の切り替え時間」と言います。
彼女にとって、家に帰り、私服に着替えるという「儀式」が、一日の役割から解放される大切なルーティンワークになっているのです。
あなたも、家に帰り、ルームウェアに着替えたときにすごくリラックスできた、そんな体験はありませんか?
このような「儀式」を取り入れることで、境界線をまたぐ「スイッチ」ができるのです。
こんな小さな実践が、彼のリラックスタイムや睡眠の質を大きく改善してくれるのです。
思考を整理する「いったん外に置いておく」力
もう一つ効果的なのが、頭の中のもやもやを「いったん外に置いておく」という作業です。
家に帰った時まで、仕事のことを持ち込みたくないですよね。
そんな時は、仕事で気になること、明日しないといけないことなどを具体的に紙に書き出してみましょう。
これは「明日の自分への手紙」と考えるとよいかもしれません。
去年から教員として働いているCさんは、毎日の帰りの電車の中で「明日やること」をメモアプリに記録しています。
「メモでも、スマホでも、外部に書き出すことで、頭の中からいったんそれを取り出して、解放された感覚があるんです。書いた後は不思議なんですが、そのことについて考え続けなくなるんです」と彼女は言います。
この「いったん外に置いておく」という手法は「外在化」とも呼ばれるテクニックです。
私たちの脳は、未完了のタスクや解決していない問題に対して、無意識のうちに注意を向け続けてしまうという困った機能があります。
そんな未完了のタスクを明確に書き出すことで、脳が「一時的に解決した」と認識するので、執着を手放して解放感を生んでくれるんです。
境界線を守ることの真の価値
最後に、なぜ仕事とプライベートで境界線を守ることが大切なのかを考えてみましょう。
それは単にリラックスするため「だけ」ではありません。
人間はずっと走り続けることができないように、仕事のあとに適切な休息や回復の時間を確保することで、翌日の創造性や判断力、集中力といった認知機能が向上することがさまざまな研究で示されています。
つまり、プライベートの時間を大切にすることが、そのまま仕事のパフォーマンスを高めることにも直結しているのです。
明日の仕事のパフォーマンスを高めるために、今日からはリラックスを意識してみてください。
(本稿は、『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』の著者・精神科医いっちー氏が書き下ろしたものです。)
精神科医いっちー
本名:一林大基(いちばやし・たいき)
世界初のバーチャル精神科医として活動する精神科医
1987年生まれ。昭和大学附属烏山病院精神科救急病棟にて勤務、論文を多数執筆する。SNSで情報発信をおこないながら「質問箱」にて1万件を超える質問に答え、総フォロワー数は6万人を超える。「少し病んでいるけれど誰にも相談できない」という悩みをメインに、特にSNSをよく利用する多感な時期の10~20代の若者への情報発信と支援をおこなうことで、多くの反響を得ている。「AERA」への取材に協力やNHKの番組出演などもある。