階層社会では、人は昇進を重ねると、おのおのの無能レベルに到達してしまう。そんな驚くべき法則を唱え、世界的なベストセラーになったのが、『ピーターの法則』だ。必然的に「世の中のあらゆるポストは職責を果たせない無能な人間によって占められることになる」というメッセージは大きな衝撃を与えることになった。では、そんな世界で個々人が組織で生き残るための知恵とは?(文/上阪徹、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

ピーターの法則Photo: Adobe Stock

昇進した途端、ダメになる理由とは?

 帯の文言には、「なぜあの人は、昇進した途端ダメになった?」とある。

 企業社会では、そうした声が数多く飛び交っているからに他ならないからだろう。そしてその理由が、豊富な実例とともに、明快かつシニカルに解説されていく。

 原著の刊行は1969年。邦訳が出たのが1970年。2018年には、新装版が発売されている。

 畳み掛けるようにメッセージしてくるのは、「階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのの無能レベルに到達する」というピーターの法則。

 そして、「やがて、あらゆるポストは、職責を果たせない無能な人間によって占められる」というピーターの必然だ。

 どういうことなのか。

もしも、十分に時間があれば──そして組織に十分な階層があるなら──すべての個人は、その人なりの無能レベルに行きつくまで昇進し、その後はそこに留まり続けることになります。(中略)
もちろん現実問題として、すべての社員が無能レベルに達している組織にはなかなかお目にかかれません。たいていの場合、組織の表向きの目的を達成するために何らかの仕事が行われているものです。(P.30)

 では、組織はどうやって動いているのか。「仕事は、まだ無能レベルに達していない者によって行われている」というのである。

「え、あいつが出世?」

 ピーターの法則を耳にして、不快に思う人もいるかもしれない。

 せっかく昇進を目指して頑張っているのに、昇進したら無能のレッテルを貼られる可能性があるなんて、というわけである。

 しかし、冷静になって考えてみれば、それはそうだろうとも思える。

 有能でなければ、次のポジションはない。つまり、そのポジションにおいては有能としては認められなかったということ。言葉を換えれば、「無能レベル」ということなのだ。

ピーターの法則を聞いても、これを素直に受け入れたくないと思う人が少なくありません。なんとか階層社会学の欠点を見つけようと必死になり、なかには実際に見つけたと考える人もいるようです。でも、ここで警告しておきます──見かけだけの例外にだまされてはいけません。(P.41)

 組織においては、「え? この人が昇進?」と思える人事が行われることもある。

「無能でお荷物」と思われていたのに、昇進するケースだ。

 これを本書では「強制上座(かみざ)送り」と呼んでいる。

まずは質問です。プロケットは無能なポストから有能なポストへ異動したでしょうか? 答えは「ノー」です。彼はたんに、生産性の低いポストから別の生産性の低いポストに移されただけです。また彼は今の地位で、以前より大きな責任を負うことになったでしょうか? 「ノー」です。彼は新しいポストで、以前より多くの仕事をこなすことになるでしょうか? やはり答えは「ノー」です。
強制上座送りは「擬似昇進」なのです。(P.42)

「無能でお荷物な人」を疑似昇進させることには、3つの効果がある。

 ①「無能を昇進させた」というそれ以前の間違った人事のカムフラージュ
 ②部下の勤労意欲の保持(「あいつでも出世できるなら俺も!」と思わせる)
 ③自分のいる社会階層の維持

 そして、このような人事は広く行われている。実際、「どうしてこんなに仕事のできない人たちが上にたくさんいるのか」という組織は少なくない。

階層社会学によれば、大きな組織の上層部には、立ち枯れた木々のように、無能な人々が積み上げられていることがわかっています。組織の上層は、祭り上げられた者と、これから祭り上げられる予備軍とであふれ返っているのです。(P.44)

 強制上座送りに成功した組織は、「まだ無能レベルに達していない者」がお荷物社員に邪魔されることのない環境を手にすることになる。

どうして現場が無能になってしまうのか

 店頭で、電話口で、役所の窓口で、受けたセールスで、アンケート調査で、従業員の無能な仕事ぶりに腹が立った経験を持ったことがある人は、少なくないに違いない。

 本書では、規則にがんじがらめでまったく融通がきかず、腹を立てた友人のエピソードが語られている。

酒の販売が政府の専売事業になっている国を、私の友人が旅していたときの話です。帰国する直前、彼は政府直営店でこう尋ねました。
「土産にお酒は何本まで持ち帰れるの?」
店員の返事はこうでした。
「国境の税関職員に聞いていただかないとダメですね」(P.47-48)

 友人は食い下がったという。買いすぎて没収されては困るからだ。しかし、税関規則なので言えないという。

 知っているけれど、自分の口から言うわけにはいかない、と。「役人あるある」と感じる人もいるかもしれない。

 他にも、換金をめぐって融通の効かない店、事故で怪我をしているのに山ほどの必要事項を記入させる病院、正しい書類が発行されず何度も往復することになった入国審査などのエピソードが語られている。

裁量権を持たない低い地位の者にとりわけ顕著ですが、書類がちゃんと埋まっているかどうかに執拗にこだわる役人が多すぎます(記載内容に意味があるかどうかは関係ないのです)。彼らには、慣習化した不文律からの逸脱は、どんな些細なものでも許しがたいのです。(P.50)

「まだ無能レベルに達していない者によって行われている」はずの仕事が、どうしてこんなことになってしまうのか。

 そこにも本書は明快な答えを出している。「有能かどうかの判定を下すのはいったいだれなのか」と。

社員が有能か無能かを決定するのは、外部の人間ではなく、その組織の内部にいる上司です。もし上司が有能なら、部下の労働の成果を見て評価するでしょう。たとえば、治療を適切に行ったとか(中略)、組織の目的の達成に向けて何をしたかが問われます。つまり、有能な上司はアウトプット(生み出したもの)で部下を評価するのです。
しかし、無能レベルに達してしまった上司の場合は、組織の自己都合という尺度で、部下が有能かどうかを判断します。(P.51)

 つまり、外に向けて良い仕事をするより、組織と調和していることのほうが高く評価されるのだ。

 だから、外向けには残念な対応が生まれてしまうのである。これを本書では、「ピーターの本末転倒」と呼んでいる。

 要するに、上司の問題なのだ。もっと言えば、そういう無能な上司を置いてしまっている組織の問題ともいえる。

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『彼らが成功する前に大切にしていたこと』(ダイヤモンド社)、『ブランディングという力 パナソニックななぜ認知度をV字回復できたのか』(プレジデント社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。