自炊できる自分を想像すると…
パートナーはぼくと同様、料理が得意とは言えなかった。このままでは、苦手な料理を押し付けあったり、分担がいかに不公平であるかで、たびたび問題になってしまうかもしれない。
でも、もし料理が「進んでやりたいもの」になったとしたら?
前例はあった。ぼくはものを大幅に減らしてから、かつて嫌いだった掃除や洗濯が大好きになっていた。今では掃除はロボット掃除機に任せたくはない、大切なものになっている。
そんなときに出会ったのが、自炊料理家の山口祐加さんである。
ものが少ないぼくと、山口さんには共通点がたくさんあった。山口さんは料理家としては、とても小さなキッチンで毎日料理を作っている。調理道具も最低限で、冷蔵庫だって本当に小さい。
料理家といえば、無限に並んだ鍋や、うず高く積み上げられた皿がアイデンティティではなかったのか……。
料理の教え方も、堅苦しくなく、作り手に自由を残してくれる。「これは欠かせない、こうでなくてはいけない」ではなく「それでもよく、あれでも構わない」というのが山口さんのスタイルだ。
山口さんの考えに触れると「これならできるかも」と背中を押された。ずいぶんと昔に挫折してしまった料理に再入門しようと思えたのだ。
料理できる・できないの差は、
思い込みや恐怖心だった
以前、勝手に頭の中で思い描いていた自炊の壁はこんな風だった。壁を見上げると、上部は暗い雲に覆われ、雷鳴も轟いている。一体どれほどの高さがあるのか、その全体像すら想像がつかなかった。
しかし思い込みや恐怖心が、壁を実際よりもはるかに高く分厚く見せてしまっていたらしい。料理を続けていくと、壁は次第に小さくなり、実は性格もフレンドリーであることがわかった。
今のぼくに見えるのは、ぼくの身長とちょうど同じくらいの自炊の壁だ。料理をすることが、完全に面倒でなくなるなんてことはない。それでもぼくは自炊の壁と肩を組み、ちょっかいを出し合ったりしながら、楽しく料理ができるようになっていった。
料理は、難しくなんてなかった。
勝手に難しくしていたのは、どうやらぼくたちのほうだったらしい。
(本稿は、書籍『自炊の壁』を一部抜粋・編集したものです。本書では、料理のハードルを乗り越える100の解決策を紹介しています)
作家/編集者
1979年生まれ。香川県出身。雑誌「BOMB!」「STUDIO VOICE」、写真集や書籍の編集者を経てフリーに。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに「Minimal&Ism」を開設。初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は26か国語に翻訳され80万部以上のベストセラーに。『ぼくたちは習慣で、できている。』は12か国語へ翻訳、累計20万部突破。両書とも、増補文庫版がちくま文庫より発売。
山口祐加(やまぐち・ゆか)
自炊料理家
1992年生まれ。東京都出身。出版社、食のPR会社を経て独立。7歳の頃、共働きで多忙な母から「今晩の料理を作らないと、ご飯がない」と冗談で言われたのを真に受けてうどんを作ったことをきっかけに、自炊の喜びに目覚める。現在は料理初心者に向けた料理教室「自炊レッスン」や執筆業、音声配信などを行う。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(晶文社)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』(ダイヤモンド社)など。