レシピ多すぎ、コスパ悪すぎ、献立ムズすぎ、皿洗い嫌すぎ……! 忙しい日々に追われ、自炊の壁を感じている人は少なくないのではないだろうか? しかし私たちが料理をする意味は、美味しさ、健康、節約だけでなく、気分転換、侘しさ解消、生き抜く力が身につくなど、想像以上に大きい。「人生100年時代、自炊を学ぶメリットは無限大」だと気づかせてくれる書籍が『自炊の壁』だ。著者は、料理入門中のミニマリスト・佐々木典士氏と、自炊料理家の山口祐加氏。立ちはだかる料理の悩みを言語化し、“レシピ以前”の解決策を提案する一冊から、その内容の一部を紹介する。

「料理」はプロセスが多すぎる
佐々木 典士(以下、佐々木)今まで生きてきて、料理に向き合うのを後回しにしてきてしまいました。ぼくの部屋はものが少ないので、掃除機をかけるのも一瞬で終わるし、洗濯も乾燥までかけたら畳むのも数分で終わります。でも料理は調理だけではなく、買い物、下ごしらえ、皿洗いに至るまで本当にたくさんのプロセスがあります。だからどうしても難しく、複雑なものに見えてしまっていたんですよね。
山口祐加(以下、山口)昔は、食材の種類も今ほど多くなかったし、洗い物だって、お茶碗にお湯を入れて拭うぐらいで、少なかったと思うんですよ。料理にまつわるプロセスが今ほど複雑ではなかったんだと思います。
佐々木 他の家事と比べると覚えることも多くて、最も複雑な家事であるのは間違いない。忙しければ、今までできなかったとしても仕方がない家事だという認識は、まずあってもいいのかもしれません。
山口 今は自炊をする理由が、歴史上でも最も弱い時代だとも思うんです。日本では外食が安いし、コンビニで買えるお惣菜もどんどん美味しくなっています。
佐々木 もはや「料理」という言葉に、確定申告ぐらい重たい響きがあるかもしれません。「料理とか……します?」と恐る恐る聞いたり。
山口 日本は現在、ひとり暮らしが世帯全体の約4割を占めているんですよね(令和2年国勢調査・世帯の状況/総務省統計局)。私だって自分ひとりのためには、手間がかかるオムライスは作りません。自分ひとりのためにオムライスを作れるのは、オムライスが本当に大好きな人ですよ。
佐々木 単身世帯も増えたし、家族を持ったとしても共働きの人が増えましたよね。
私たちが自炊できない理由
山口 私の料理教室の対象者は「料理が苦手な方、初心者」限定なのですが、参加者が料理が苦手だと感じたり、料理が嫌いになってしまった理由は本当にさまざまです。自分ひとりのためだけに料理を作るのが時間の無駄に感じる、食材が余って使い切れない、献立を考えるのが大変、切るのが遅くて嫌になるなど理由を挙げればキリがありません。でも総じていえば「料理がめんどい」のだと思います。
佐々木 何もわからない最初の状態は、本当に苦しいんですよね。ぼくだって、ついこの間まで、鶏のむね肉ともも肉がどう違うのかもよくわかってなかったし。スーパーへ行っても、必要な分量すらわからなかった。でも1か月、2か月と続けているとだんだんコツをつかんできて、自分が初心者を脱していると思えるようになりました。いざ入門すると、これは一生物の趣味を得たなと思うこともあります。外食しても、それがどんな風に味付けされているのか考えたり、料理をする人との話題も増えました。プロセスが多いからこそ、語ることも尽きない。
山口 人生楽しいですよね、料理ができると。食べることは毎日誰でもやっているわけだから、日々の営みが全部インプットになる。海外に行っても、市場を見たり、その国の基本調味料がなんだろうかとか考えたりして、楽しみが増えます。
佐々木 そう考えると、人生の一時期でも料理をやってみることは恩恵が大きくて、とても価値あることだと思います。本書の対話を通じて、複雑で難しくなりすぎた料理から、シンプルさや親しみやすさを取り戻すことができればと思います。
(本稿は、書籍『自炊の壁』を一部抜粋・編集したものです)
作家/編集者
1979年生まれ。香川県出身。雑誌「BOMB!」「STUDIO VOICE」、写真集や書籍の編集者を経てフリーに。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに「Minimal&Ism」を開設。初の著書『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』は26か国語に翻訳され80万部以上のベストセラーに。『ぼくたちは習慣で、できている。』は12か国語へ翻訳、累計20万部突破。両書とも、増補文庫版がちくま文庫より発売。
山口祐加(やまぐち・ゆか)
自炊料理家
1992年生まれ。東京都出身。出版社、食のPR会社を経て独立。7歳の頃、共働きで多忙な母から「今晩の料理を作らないと、ご飯がない」と冗談で言われたのを真に受けてうどんを作ったことをきっかけに、自炊の喜びに目覚める。現在は料理初心者に向けた料理教室「自炊レッスン」や執筆業、音声配信などを行う。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(晶文社)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』(ダイヤモンド社)など。