2017年の発売以降、今でも多くの人に読まれ続けている『ありがとうの魔法』。本書は、小林正観さんの40年間に及ぶ研究のなかで、いちばん伝えたかったことをまとめた「ベスト・メッセージ集」だ。あらゆる悩みを解決する「ありがとう」の秘訣が1冊にまとめられていて、読者からの大きな反響を呼んでいる。この連載では、本書のエッセンスの一部をお伝えしていく。

幸せの本質とは、「足る」を「知る」こと
人に「幸せ」を与えてくれるものは、次の「3つ」に分けられるようです。
ひとつ目は、「もの」です。
金銭的なものや物質的なもの(手に取れるもの、感触がたしかめられるもの、物体として存在するもの)のことです。
2つ目は、「環境」や「状況」です。
美しい海や山などの風景を見て心地よさを覚えたり、「家族や子どもと一緒にいると楽しい」「この人と一緒にいると幸せだ」と感じることです。
「係長になる」「教授になる」など、地位が上がることも「環境」や「状況」に含まれます。
そして、3つ目は、「心」です。
「心」とは、「幸せと思う心」のことです。
ひとつ目の、ものや金銭が与えてくれる「幸せ」を考えてみます。
仮に「100万円の貯金があれば『幸せ』だ」と思っている人がいたとします。実際に100万円を貯めてみたのですが、その人は「幸せ」を感じることができませんでした。
なぜなら、隣の人が200万円貯めていて、別の人は1000万円貯めていたからです。
物質的、金銭的な欲望は、際限のないものです。自分自身が「足ることを知る心」、つまり、「これだけあれば満足だ」「これで十分に幸せだ」と思う「心」がなければ、「幸せ」になるどころか、「不幸」、あるいは「苦しみ」になることがあります。
次に、2つ目の「環境」や「状況」について考えてみます。山や海を見て「美しい」と思うのは、そう思う「心」があるからです。家族や友人と過ごす時間を楽しいと思うのは、「楽しい」と感じる「心」があるからです。
「幸せ」とは、外的なもので決まるのではなく、「心」の問題として決まります。
「もの」も、「金銭」も、「状況」も、「環境」もすべて、「心」がないかぎり、幸せを感じることはできないようです。
逆に、「もの」や「金銭」がなくても、あるいは、「状況」や「環境」が他人から見てひどいものであったとしても、「幸せと思う心」があれば(幸せだと思っていれば)、その人は「幸せ」になることができるのです。
京都の龍安寺というお寺に、水戸光圀公が寄贈したつくばい(茶室に入る前に手と口を清めるために使う手水鉢)があります。
このつくばいは、「知足のつくばい」と呼ばれています。知足とは「足るを知る」という意味で、人間の欲を戒める言葉として、「禅」の悟りのひとつとされています。
このつくばいは、四方に文字が書かれており、「吾唯足知(われ・ただ・たるを・しる)」と読むことができます。
「幸せの本質とは、『足る』を『知る』ことにあり、その1点を知っているだけで、心豊かで幸せになれる」ということのようです。
人間が心穏やかに、楽しく幸せに生きるためには、次から次へと求めずに、「足るを知る心」が必要です。
「自分がどれだけ恵まれているのか」を知ることができたとき、本当の心の幸せが得られるのではないかと思います。