アップル、マイクロソフトと世界の時価総額ランキング1位を争い、誰もが知る企業となったエヌビディア。「半導体」と「AI」という2つの重要産業を制し、誇張ではなく、米国の株式市場、そして世界経済の命運を握る存在となった。
しかし、その製品とビジネスの複雑さから、エヌビディアが「なぜ、これほどまでに強いのか?」については、日本でも世界でも真に理解されているとは言えない状況だ。『The Nvidia way エヌビディアの流儀』は、その疑問に正面から答える、エヌビディアについての初の本格ノンフィクションである。今回は、驚異的なスピードとオープンさをもたらしている、エヌビディアの特異な組織構造を紹介する。

円柱型の組織Photo: Adobe Stock

ジェンスン直属の幹部社員は60人超

 直接的なアプローチを好むジェンスンの姿勢は、会社が大きくなるにつれ、エヌビディアの企業構造をも形づくっていった。創業初期、エヌビディアは社内の連携不足により、廃業の瀬戸際にまで追い込まれた。NV1では、チップの開発戦略が市場のニーズとずれていたし、RIVA128では、製造面の不備が優れたチップの足を引っ張ってしまった。また、NV30では、重要なパートナーとの不和が技術的な問題を次々と引き起こし、やがてチップの製品ライン全体を破滅に追いやった。3つのどの事例においても、ジェンスンは失敗の原因を外的な要因ではなく、エヌビディアという企業やその意固地さに求めた。「エヌビディアがまだ小さかったころは、官僚的で政治的な部分がおおいにあった」とジェンスンは述べた。

 やがて、ジェンスンは理想の組織を一から築く方法について考えるようになった。そこで、彼は社員たちがより自立して行動できるよう、ずっとフラットな構造を選ぶべきだと気づいた。また、フラットな構造を築けば、自分の頭で考えて行動することに慣れていない無能社員を淘汰できるとも考えた。「有能な人材を自然と惹きつける会社を築きたかったんだ」と彼は言う。

 ジェンスンは、頂点に経営陣、その下に何層もの中間管理職、そして底辺に現場の従業員がいる従来のピラミッド型の企業構造は、最高の組織づくりを妨げると考えた。彼はピラミッド型の代わりに、エヌビディアをコンピュータのスタックや平べったい円柱のような形状の組織につくり変えようと思った。

「その最初の層が上級幹部だ。一般的にいえば、もっとも管理の手間がいらない人たちだろう」とジェンスンは言う。「彼らは自分のすべき仕事がわかっているし、各々の分野のエキスパートでもある」。彼は職業指導に時間を割きたくはなかった。というのも、彼らの大多数はすでにキャリアの頂点を迎えていたからだ。そのため、少なくとも職業指導のような漠然とした話題で、ジェンスンが直属の部下と一対一の面談を行なうことはほとんどなかった。代わりに、組織全体から上がってくる情報や自身の戦略的な指針を伝えることを重視した。そうすることで、企業全体の意思が統一され、ジェンスンは実際に価値を付加するような形で、より多くの幹部を管理できるようになるからだ。

 エヌビディアの現在の組織構造は、CEOに直属の部下が一握りしかいない大半のアメリカ企業の構造とは対照的だ。2010年代、ジェンスンには直属の幹部社員が40人いた。それが今では60人を超える。彼は自身の経営哲学を頑として曲げようとしなかった。たとえば、新しい取締役がエヌビディアに加わり、ジェンスンの管理負担を減らすために最高執行責任者(COO)を雇うよう勧めたときも、彼は決して首を縦に振らなかった。

「いや、結構だ」と毎回ジェンスンは答えた。「全員に社内の状況を把握してもらうには、今のやり方が最高なんだ」と彼はつけ加えた。彼のいうやり方というのは、彼と社員たちとの直接的なコミュニケーションのことだ。

 重役会議に多くの幹部たちが参加することで、透明性や知識の共有といった文化が育まれてきた。幹部社員ともっとも若手の社員たちとのあいだに、それほど階級の差はないので、組織内の誰もが問題解決に協力したり、潜在的な問題にあらかじめ備えたりすることができるのだ。

 元マーケティング幹部のオリバー・バルタックは、エヌビディアの同僚たちが前職の同僚たちと比べて機敏であることに感銘を受けた。「最大の違いは、何かを1回依頼するだけですんなりと実行される、という点だね」と彼は語った。「2回目の依頼をする必要なんてまったくなかった」

 エヌビディアの元データセンター事業担当ゼネラル・マネジャーのアンディ・キーンは、ジェンスンがエヌビディアの主な競合企業の伝統的な組織構造をホワイトボードに描き、「上下逆さまのV」と呼んでいたのを覚えている。実際、ほとんどの企業の構造がそうだった。「人は管理者になると、上下逆さまのVをつくり、それを必死で守りたがる。そして副社長になると、上下逆さまのVをもっとたくさんつくり、自分の配下に置きたくなる」とジェンスンは語った。

 キーンによると、ほかの企業では自分の直属の上司の1、2階級上の幹部に話しかけるのは御法度だったという。「誰もそれをこころよく思わないんだ。バカらしくないか?」と彼は言う。「でも、エヌビディアは違った」。キーン自身、直属の上司とは月に1、2回話をする程度だったが、ジェンスンとは週に2、3回は会話していた。「ジェンスンは、自分が直接管理できる会社を築いたんだ」と彼は言う。「エヌビディアとほかの企業では、それだけ大きな社風の違いがある」

 また、キーンはエヌビディアのオープンな社風にも驚かされた。彼はゼネラル・マネジャーという肩書きで入社し、すべての取締役会や社外の取締役イベントに参加することを認められた。並みのCEOが大規模な幹部会議と称して部屋に8人か9人を集めて満足しているところ、ジェンスンの会議室はいつもすし詰め状態だった。「彼が幹部社員に何を言っているかが全員に筒抜けだった」とキーンは言う。「おかげで全員の足並みを揃えることができたんだ」

 共有したい重要な情報や、事業の方向性に差し迫った変更点があると、ジェンスンはエヌビディアの全社員にいっせいに伝えてフィードバックを求めるのだという。「直属の部下を多くし、一対一の面談を極力減らすことで、会社がフラットになり、情報がすばやく伝達され、社員が力を得られるようになった」とジェンスンは述べている。「このアルゴリズムは練りに練られたものだったんだ」