2010年のWHO総会では、アルコールの有害使用は世界の健康障害の最大のリスク要因のひとつと決議され、アルコールは精神作用にはたらきかける危険薬物の一種と認められるようになった。

 そもそも酒は(驚いたことに)ダウナー系のドラッグであり、神経を鎮静するものだという。だから飲酒と鬱とはごく近い関係にあるといわれる。

 すなわち人が酔っ払って浮かれ騒ぐのは興奮作用ではない。アルコールは脳内の、とくに前頭葉と呼ばれる理性をつかさどる中枢に作用し、神経を麻痺させることによって一時的に感情のブレーキを外してしまう。

 それが高揚感や多幸感をもたらしたり、心をリラックスさせたりする一方で、理性のたがを外して人格を変え、素面のときにはとてもできないような行動をとらせてしまう。

 酔ってハイになるというのは、神経伝達物質ドーパミンによるものだし、自分が強くなった気がして喧嘩をしてしまうのは決して勇気なんかではない。たんに恐怖心と抑制が麻痺しているだけのこと。

 酔ったから本音が出る。人の本性を酒が暴く。

 そんなことがまことしやかにいわれる。しかしそうではなく、酒が脳を麻痺させ、人が理性で抑えていた良識をとっぱらってしまうのである。

 しかもその効果はずっと続くわけではない。酔いが醒めてもなお浮かれ騒ぐ人間なんてまずいない。むしろ酒が抜けたとたん、すっかり元の人間に戻り、酔っ払ってしでかしたおのが行為を深く恥じ入ることになったりする。

 すなわち私が阿佐ヶ谷ガード下の店で乱痴気騒ぎをしでかしていたのは、酒が勇気をくれたためではなく、理性を麻痺させて社会常識というルールを忘れさせたからというわけだ(編集部注/筆者は社会人時代、東京・阿佐ヶ谷でしばらく暮らしガード下の居酒屋に通っていた)。

 だから徹夜で浮かれて呑んだあと、朝の眩しい光に目を細めながら、よたよたと自分のマンションに戻っていくときのむなしさと倦怠(けんたい)感ったらなかった。