以前、私がある番組の司会を担当していたとき、ちょうど五木さんが司会を務めるBS朝日の『人生、歌がある』という番組と収録スタジオが同じで、ご挨拶がてら楽屋にお邪魔したことがあります。

 五木さんは番組内でいつも、若い共演者もベテランの方もまったく同じように温かく迎え、心を込めた紹介をしていらっしゃいました。経験の浅い若手の歌手に「がんばってくださいね」と声をかけ、励ます姿は、とりわけ心に残っていました。

 そんな番組ですから、出演者同士の温かい心の通い合いが伝わってきて、見終わるといつも「いい番組だったな」と感じていました。

 楽屋をお訪ねしたとき、私は、五木さんが、自分の伴奏楽器を1つひとつマスターすることに挑戦していて、ついに16種類を数えたことを、雑誌の記事で読んで知っていました。

 そこで「五木さん、楽器を16種類マスターされたと聞きましたが、現在はいかがですか」と聞いてみました。

 すると五木さんは、「18種類になりました」とお答えになったのです。

 私はそれを聞いて大いに驚き、感銘を受けると同時に、「今や押しも押されもせぬ大スターとなった五木さんが、なぜそんな挑戦をしているのだろう」と思いをめぐらせました。

五木ひろしが楽器を学んだ理由
歌い手から見た演奏の世界

 五木さんは、10代でデビューした当初、歌がとてもうまいのにもかかわらず、なかなかヒット曲に恵まれず、何年もの低迷期を過ごしました。

 だからこそ、華やかな歌手の後ろで、歌を引き立てるために演奏をしている人たちの様子がよく見えていたのでしょう。

 どれだけ優れた歌い手でも、周りの人たちが素晴らしい演奏をして盛り立ててくれないと、聞き手の心に響く歌を届けることはできません。

 五木さんは、1つひとつの楽器を手に取り演奏してみることで、おそらく、演奏する人の立場に立ってみようとしたのでしょう。そして、この楽器のどこが難しいのか、どうすればより一層よい演奏ができるのかを、自分で実際に弾きながら体感し、身につけていったのだと思います。