そして、オルソン氏が教団設備内の化学工場(プラント)についての質問を村井氏に向けたときです。これまでの日本国内の報道は、サリンについて真実に迫るものが皆無だったので、村井氏は日本の報道レベルを見下していたのでしょう。そこに外国人を連れてきているが、どうせ大した人物ではないと侮ったのですね。

 村井氏は突然、「その前にカイル・オルソンさんにお伺いしたいんですけれど」と口を開きました。どのテレビ局も、サリンの内容についてまだ討議をしていないときでしたから、彼が毒ガス兵器の専門家であることも知らなかったのでしょう。

 村井氏は「ハステロイという金属をご存じですか」と聞きました。

「ハステロイ?」オルソン氏の顔色がみるみる一変しました。

「我々のプラントでは、ハステロイという合金を使っているのですが」と村井氏。

 オルソン氏が答えます。

「ハステロイとは、サリンなどの神経ガスを生成するときに使用しなければならない、特殊な合金物質です。したがって、ハステロイを使っているということは、毒ガス兵器を作っているということになりますよ」

 オルソン氏は村井氏に厳しい視線を向け、慌てた上祐氏が口を挟んでかき乱そうとしました。

 しかし、その音声ははっきりと、私たちの耳に届きました。

 2日後、村井氏は教団本部の前で刺殺されました。

 そうやって我々の番組は、教団の真実をズバズバとついていきました。

脅迫電話と防弾チョッキ
真実を追う覚悟とは

 当然のことですが、実は地下鉄サリン事件が起きた当日から、私あてに脅迫電話がかかってきました。「草野は、放送を通じて嘘ばかり言っている。したがって家族共々サリンで殺す」という内容です。

 また、別の人物からは、放送が終わると「草野さん、今日はそこを何時にお出になるのですか」という電話が毎日かかってきました。私にプレッシャーを与えようと考えたのでしょう。

 警察からは「草野さん、とにかく外に出るときは大事をとって、防刃防弾チョッキを必ず着用してください」と言われました。

書影『「伝える」極意 思いを言葉にする30の方法』『「伝える」極意 思いを言葉にする30の方法』(SBクリエイティブ)
草野 仁 著

 そうは言っても、警察が用意してくれるわけではありません。私はテレビ局に向かうたびに、およそ9万円で購入したチョッキを着用していました。

 家族は麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚が逮捕されるまで、自宅とは別の場所に避難していました。

 今振り返るとなかなか大変な目にあっていたのですが、当時、サリンについての詳細で正確な情報を出していたのは『ザ・ワイド』だけと言っても過言ではありませんでした。

 真実に肉薄しようという姿勢がなければ、視聴者が注目してくれないのは当たり前のことです。