物価動向を「正しく」見るにはどうしたらいいのか

 これまでも経済の専門家の間では、体感物価と消費者物価の乖離に関する議論がなされてきた。1970年代、故ロバート・ルーカス(95年にノーベル経済学賞を受賞)は、「人々の物価の認識は実際に消費するモノやサービスの値動きに影響される」と考え、「消費者や企業は日常的に接する値段から将来を予測し意思決定を行う」と論じた。

 90年代、米国では消費者が安価な代替商品を買う、あるいはディスカウントストアでの買い物を重視する影響が、消費者物価指数に反映されづらいと指摘された(96年公表「ボスキン・レポート」)。翻って2016年、わが国では日銀が異次元緩和の総括的な検証を行い、物価が人々の合理的な期待形成より、心理(過去の記憶や思い込み、経験)に影響されやすいことを指摘した。

 日銀は『金融政策の多角的レビュー』(24年12月公表)の中で、90年代後半以降の物価停滞の一因として、グローバル化の加速を背景とする新興国のキャッチアップ、それに伴う価格競争激化の影響を指摘している。

 経済環境の変化と、それに影響された人々の物価予想を実態に近い形で把握するため、消費者物価指数をどのように管理するかは重要な論点だ。代表的な研究として、消費者の購入頻度が高い品目に高いウエートをつけ、低い品目のウエートは下げ、人々の物価の実感・予想に対する説明力を高めようとする試みはある。

 米国では、月次の経済データとガソリン価格や原油価格のデータから現時点の消費者物価を推計する試みもある。今後はAIの推論能力の向上に伴い、ビッグデータを分析し、人々が予想する物価と消費者物価指数の実績を近づけようとする試みも増えるだろう。世界全体で、消費者物価指数の新たな管理方法への要請が高まっている。

 ただ、現時点では、金融政策の運営には消費者物価指数が欠かせない。人々が安心し、賃金の上昇を実感しやすい経済環境を目指すためには、日常的に消費する品目の物価動向を幅広く丹念に分析する意義がある。これは政策当局にとっても、主要投資家にとっても大切なことだ。

 冒頭でわが国は、個人消費の本格的な回復を期待することはできそうもない、と述べた。当面、設備投資に頼る景気回復を祈るしか有効な方法はなさそうである。