『欧米に寝たきり老人はいない』(宮本顕二・北大名誉教授、宮本礼子・江別すずらん病院医療センター長共著)や『在宅死のすすめ方』(専門家22人の共書)を読むと、西欧のほとんどの国では、胃瘻や点滴に頼る終末期医療を施していません。老衰で嚥下がひどくなり、食べられなくなったら、食事や水を少量与えて静かな死を待つのが普通だそうで、北欧の医療を見学に行った日本の医師らは、大変驚いたそうです。
外国人には異様に見える
日本の終末期医療
しかし外国人からは、日本人の終末期医療こそ異様なものに見えるとか。なにしろ、世界の書店で必ず置かれている英語による日本人の書物といえば、新渡戸稲造の『武士道』か鈴木大拙の『禅と日本文化』です。新渡戸は「武士道とは死ぬことと見付けたり」と葉隠の精神を説き、大拙は「死を恐れるのは、やりたい仕事を持たないからだ」と説いて、西欧の人々に大きな影響を与えました。ですから日本人が、「そんなにあの世を恐れ、死を恐れて、生物的にただ生き延びることを受け入れているのか」とびっくりするのが、知識人たちの反応だとか。
日本医師会の推定では、現在日本には26万人も胃瘻で生きている患者が存在します(もちろん、そのような状態でも、生きることが幸せと思う患者さんもいるでしょう)。意識が混濁して家族との会話もままならず、ベッドから離れられない生活を送っている人がこんなにいるのです。もちろん、医師による「治療もせずに患者を帰すのは医師の倫理に反する」という真面目な考えや、逆に「治療をしないとおカネにならない」という経営感覚も絡んでいます。
これは、終末期医療の施設だけでなく精神病院も同じで、イタリアにはもはや精神病院はなく、グループホームなどのコミュニティの中で治療していくのが基本線。同様に、フランスにはまだ精神病院への入院はあるものの、患者を拘束する時間などは極めて短く、退院までの時間も相当短縮されています。日本だけがいまだに約33万もの病床を持っています。これは米国の約3万5000床と比べても、異様に多いと言わざるを得ません。
もちろん、日本が健康寿命の長い国であることは悪いと思いません。しかし、ただ生きている状態を続けるためだけに、国家の予算、つまり税金が消費されているとしたら、これは国の将来に関わる問題になってきます。医師の中には、ドラッグストアで買える薬品や湿布薬なども保険適用で多量に処方しているケースが見られます。まず、その段階からの節約が必要ではないでしょうか。
(元週刊文春・月刊文藝春秋編集写真長 木俣正剛)