東北地方でも、青森県下北半島の個体群は、すでに100年存続するための個体数を下回っているとの研究結果があります(三浦慎悟・堀野眞一、1999.ツキノワグマは何頭以上いなければならないか.生物科学51(4):225-238.)。
つまり、場面によって、保全と駆除とを使い分けていく必要があります。
それに、増えているはずの場所で、ある年を境に個体数が急減することも、生物の世界では珍しいことではありません。
もうひとつの理由は、クマが増えたことへの対処方法が、必ずしも駆除だけではないことです。人里に出てくる機会を減らすためには、本来の生息地である森林の環境を改善して、ツキノワグマに対する環境収容力を上げていく必要があります。
駆除を即効性の薬の投与にたとえるならば(短期計画)、森林の環境を改善して環境収容力を上げていくことは、基礎体力を回復させて、根本的な解決につながります(長期計画)。
つまり、増えているからこそ、根本的な解決のためには、森林の質を高めてゆく対策が必要になるのです。
ツキノワグマが増えても
自然が豊かになったわけではない
ツキノワグマが増えたと聞けば、自然環境が豊かになったと受け止める人が多いでしょう。しかし、私は昆虫と植物の調査を続けてきたので、多くの種が絶滅の危機を迎えている深刻な現状を知っています。
昆虫類をみれば、秋田県と山形県のレッドリスト(編集部注:絶滅のおそれのある野生生物のリスト)ではともに5種がすでに絶滅とされていますが、県全体ではなく地域ごとにみると、絶滅した昆虫はさらにたくさんあります。
生物多様性は低下の一途をたどっており、ツキノワグマだけが増えても、自然が豊かになったわけではないのです。
ツキノワグマは現在の秋田県では増加しましたが、将来的に開発などが続いて生息地である森林の面積が狭まり続ければ、ツキノワグマに対する環境収容力はますます低下し、人里への出没は増加の一途をたどる可能性があります。
その流れが続くうちに、どこかで個体数が増加から減少に転じると、増えていたはずのツキノワグマがいつのまにか絶滅に向かっていたという状態が起こりかねません。
そうした悪循環に陥らない方法を今のうちから予測しておかねばなりません。
そのために必要なことは、長期的な土地利用の計画を立ててゆくこと、具体的には将来にわたって残すべき森林の面積を明らかにしてゆくことです。