「来週の株価は下落する」6週連続で的中させた「予言者」の正体『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク

三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第171回は投資における「生存者バイアス」の危険性を警告する。

成功を疑わない人間が成功する?

 時価総額争奪ゲームで劣勢に立たされた主人公・財前孝史は敗北と投資部廃部を意識しはじめる。「自分は常にうまくいく」と成功しか考えてこなかったタイプの財前は激しく動揺し、視界が歪んで正常な判断が下せなくなる。

 成功を疑わない人間こそが成功する。この種の自己予言的なマインドセットを成功の秘訣と位置付ける自己併発本は数多ある。気持ちを強く持つことは成功のひとつの要素であり、効果はあるのだろう。だが、使いどころを間違えればデメリットも大きい。

 おそらくもっともメリットが大きい分野はスポーツだ。失敗や敗北のイメージが頭にうかべば、心身がこわばり、パフォーマンスは落ちる。スポーツ心理学の世界で「チョーキング」と呼ばれる状態だ。

 平常心を失えば、普段ならどうということはない距離のパットをプロゴルファーが外したり、プロバスケ選手のフリースローがリングをかすりもしなかったり、といったあり得ないミスが起きる。

 スポーツと成功のマインドセットの相性が良いのは、努力と成功に強い相関があることも一因だ。いくら成功を信じても、トレーニングや練習を積み重ねていなければ勝てるはずがない。

 努力は前提であり、その成果を最大限に引き出すための心の構えが「成功を信じる」なのだと整理できる。受験勉強などにも同じことは言える。

6週連続「株価予測が的中」のカラクリ

 一方、投資の世界では「成功を疑わない」という信念は危うさを伴う。

 スポーツのような合理的ルールの枠内での戦いではなく、予見できない事態が起きる可能性も高い。努力と成功の因果関係もスポーツほど明確ではない。短期決戦型のスポーツの勝負と比べて、長い期間でのサバイバルの重要度も高い。

 投資では、成功のマインドセットだけでなく、臆病さとのバランスが重要だ。チャンスに手が出せないほど臆病では話にならないが、リスク管理の発想を欠いた無謀な強気は身を滅ぼす。

 投資家ウォーレン・バフェットの「他人が貪欲な時には恐れ、他人が恐れているときには貪欲になれ」という有名な言葉は、このバランス感覚を的確に表している。

 もうひとつ注意を払っておきたいのは生存者バイアスだ。

 スポーツの世界では、金メダリストなど最終勝者の「名言」が脚光を浴びる。トップアスリートたちが自らの成功を疑わずに栄光を手にしたのは事実だろう。

 だが、その裏側には同じような信念を持ちながらトップに届かなかった多くの敗者が居て、彼らの言葉に我々はあまり関心を払わない。「名言」には勝者のバイアスがかかっている。

 投資の世界には、生存者バイアスの発想を利用した詐欺が昔からある。手法はこんな具合だ。

 最初の週に3200人に「来週の株価は上昇する」、別の3200人に「株価は下落する」と予言した手紙を送る。翌週には予言が的中した3200人に向けて上昇・下落の予言を半々で送る。

 6回繰り返すと100人の「6週連続で的中した予言を受け取った人たち」が残る。そして最後に「来週の予想を買わないか」と持ち掛けるというカラクリだ。

 暗号資産(仮想通貨)やFXの短期売買で巨万の富を得たといった類いの成功譚は詐欺か再現性のない単発の事象でしかない。生存者バイアスのかかったサクセスストーリーに煽られて投資するのは大やけどのもとだ。

漫画インベスターZ 20巻P29『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 20巻P30+31『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク
漫画インベスターZ 20巻P32『インベスターZ』(c)三田紀房/コルク