なぜならば、上司と部下の関係は、そもそもが優越ポジションと劣等ポジションの関係にあるからです。

 つまり何も言わなくても部下は劣等感を感じやすいのです。

 上司は自分のポジションパワーに無自覚です。

 しかし、部下はちょっとした言葉の端々に上司の優越を感じます。
 それはマウントにさえ聞こえます。

 つまり、上司は人一倍自分のパワーに鈍感で、部下は人一倍敏感になるということ。

 そして、両者の距離は加速度的に広がります。
 そこに気づかなくてはなりません。

「アドバイス」を求められるという“罠”

 また、こんな質問も多く受けます。

「では、部下から“○○さんならどうしますか?”とアドバイスを求められた時には、答えてもいいのですか?」

 これには「要注意」です。
 人はアドバイスを求める際に、ほとんどのケースで自分なりの「答え」をすでにもっているからです。

 つまり、「答え」を求めている風を装っているものの、本当は「自分の答えが正解だ」と“答え合わせ”をしたいだけの場合が多いのです。

 もしも、上司のアドバイスが、部下がもっている「答え」とイコールだったら問題はありません。

 しかし、それと異なるアドバイスをしたらどうでしょうか?

 部下の「劣等感」を強烈に刺激し、悲惨な結末をたどることになるでしょう。

 ですから、部下の「○○さんならどうしますか?」という罠に乗ってはいけないのです。

 そんなときは、「あなたはどう思っているの?」という逆質問をした方が安全です。
 ここでもアドバイスは危険なのです。

うまくいかない「原因」を分析してはならない

 私たちが日頃行っている「アドバイス」を含む教育はすべて、アドラー心理学でいうところの「原因論」に基づいています。

「原因論」とは、大雑把に言うならば、ものごとをうまく進めるためには、「問題」を探し出して、それを「取り除く」必要があるという発想です。

 つまり、「問題ありき」の発想です。
 当然ながら、常にネガティブな「問題探し」をしているわけです。

 この考え方は物理学的には正しく、たとえば「プログラムのバグを探して修正すればうまくいく」「工場ラインのトラブルを探して修正すればうまくいく」など、比較的シンプルな、かつ相手が感情をもたない機械の場合に優れた効果を発揮します。

 しかし、人間相手にこれをやってもうまくいきません。

 たとえば、「コミュニケーションがうまくいかない」「モチベーションが上がらない」「会議で意見が出ない」などの問題は、プログラムのバグを探すような「原因探し」「問題探し」をしてもうまくいきません。

 なぜならば、人間が絡む問題のほとんどは、原因が一つではなく複数あるからです。

 しかも、その一つひとつが複雑な因果関係で絡み合い、「どれが本当の原因であるか」は容易にはわからない。

 だから、原因を探すことに意味はないのです。

人間は「理性」よりも、「感情」を優先する

 また、人間は機械とは違って感情をもつ動物です。
 そしてやっかいなことに、この感情が思考や理性を邪魔するのです。

 しかし、人間はこれにあらがうことはできません。

 なぜならば、人間の脳は思考や理性よりも、感情を優先するようにできているからです。
 ですから、感情をもった人間に対して、論理思考を使って理性的に問題を指摘しても相手はそれを受け容れにくいのです。

 そう。先に伝えた通り、「反発」するか「無気力」になるのです。

「アドバイスしない」というマネジメント・スタイル

 ここまでお読みになった皆さんから以下のような声が聞こえてきそうです。

「なんだか、面倒くさいな……。そこまで気を遣ってあげる必要があるのかね?」
「私たち昭和の世代は、もっとストレートにビシバシと問題指摘をされて育ってきた。それでうまくいっていたんだ」

 その気持ちは、よくわかります。しかし、次のように考えてみてはいかがでしょうか。

 紙媒体がネットに移行しつつあるように。
 文章やイラスト、写真などがAIの力も借りるようになったように。

 同じことを繰り返すルーティンワーク「マニュアル・レイバー」が減り、変化に適応しながら新しい知識を生み出す「ナレッジ・ワーク」が主流になったように。

 マネジメントやリーダーシップと、その道具となるコミュニケーションも、大きく変化しなくてはならない。
 私たちはその狭間に生きているのです。

 インターネットが当たり前になったように、近い将来AIも当たり前になるでしょう。

 それと同じように、これまでマネジメントスタイルの主流だった「指示命令」や、
 それを少しだけソフトにした「アドバイス」という名の部下否定が、やがて「アドバイスしない」スタイルへと変わっていくことでしょう。

 皆さんには、その先達になっていただきたいのです。

『優れたリーダーはアドバイスしない』は、これまで研修講師として年間300回登壇し、毎年1万名もの受講者に伝えてきた、人間の本質に即しつつも、新しい潮流にも適合したリーダーシップ、マネジメントの理論、哲学、技法を余すところなくお伝えする一冊です。きっと、新しいマネジメント・スタイルを身につけるヒントが見つかるはずです。

(この記事は、『優れたリーダーはアドバイスしない』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、公認心理師
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など著作49冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に公認心理師・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童生徒・保護者などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。