環境次第で他の領域や障害分野も
能力を顕在化させられる
日本総研で、発達特性を高度・先端IT領域で活かす「ニューロダイバーシティマネジメント研究会」を主導する木村智行氏は「今後は、発達特性のある人は、高い専門性が求められる分野全般で活躍できる可能性がある」と指摘する。というのも、AIエージェント同士が業務上の調整するような取り組みも始まっており、発達障害がある人にとって苦手とされることが多い業務がデジタル化によって減っていくと予想されるからだ。
生成AIによって、従来のジェネラリストが担ってきた業務やコミュニケーションも代替されていく可能性を考えると、知的好奇心をドライバーに専門性を高めていける人材として発達特性のある人の能力は価値がどんどん高まっていくのではないかというのだ。
また、今回採り上げているのは、おもに発達特性のある人だが、障害と能力開発という文脈では、パラアスリートの領域では興味深い事例がある。イランの故シアマンド・ラーマン選手は、下肢障害があるが、パワーリフティングで健常者を上回る記録を残した。これは、足を使用していた脳の領域が、上半身のパワー向上に再配分された可能性が指摘されている。
東京大学教授の中澤公孝氏らのリハビリ研究では、脳の可塑性研究から、特定の機能が失われることで、脳が再マッピングされ、新たな能力が開発される可能性が示唆されている。これは、従来の障害に対する見方を大きく変える可能性がある。
ソニーの特例子会社では、最高級プロ用マイクの製造過程で、聴覚障害者が金属の精密な研磨作業を担当している。これは、聴覚を失ったことで、視覚的な感覚が研ぎ澄まされ、高度な技術として結実している可能性を示唆している。
ニューローダイバーシティ活用の
究極の目的とは
木村氏は「究極的には、『障害者雇用』という枠組み自体が不要となることが望ましい。障害があるから○○しかできないという固定観念を排し、障害は個々の事情や特徴の一つとして捉え、それぞれが能力を発揮できる環境を整備していくべきだ」と主張する。
そのためには、いくつかの要件が整わなければならないが、まずは、業務の本質的要件の明確化だ。職務に本質的に求められる資質や能力にフォーカスしたジョブディスクリプションの定義が必要である。その中で、業務プロセスの細分化と役割分担の最適化の必要も生じてくる。
例えば、サイバーセキュリティの業務において、脆弱性診断や、より高度なペネトレーションテストという分野がある。いずれも発達特性のある人の能力が活かせる業務だが、特に後者では、調整交渉が必要なプロセスがある。それをたとえば、コミュニケーションマネージャーという新しい職種を設けて、キャリアパスを整備しようとする動きもあると木村氏は言う。
そもそもこうした一連のインクルーシブな組織づくりは、既存の従業員の働きやすさも向上させるだろう。例えば、「指示の明確化や業務の細分化、ジョブディスクリプションの厳密な定義によって、定型発達で自分の資質を十分に発揮できていなかった人も、十全に能力を発揮できる可能性が高まる」
結果的に、あらゆる従業員の顕在化していなかった能力の開花、パフォーマンス向上と企業の生産性向上に寄与するのは間違いない。そしてそれこそがニューロダイバーシティ活用の真の意味なのである。