「歯応え」を残しながら、2ステップで伝える
勝沼 経営にデザインを生かすためには、デザイン側とビジネス側のコミュニケーションが大事です。ただ、量を増やせばいいというわけではなく、ちょっとデザイン用語を使うだけで拒否反応を示されることがあります。相手に合わせて表現を調整することもCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)に求められる素養じゃないかと思うんです。
堀切 ブランディングと一緒で、伝えることではなく、伝わることが大事だと思います。広義のデザインとか、はやりの造形とかだけを一生懸命に説明しても、「何のためのデザインか」が伝わらないと意味がない。だから「なぜ」を分かりやすく言語化しなければならないと思います。
一方で、「歯応え」っていうのかなあ、デザインって人と同じでミステリアスな部分が少しある方が魅力的に感じるときがありませんか。肉も柔らかくしようとたたき過ぎると、奥歯でかみ締めるような本来のうま味がなくなってしまう。その柔らかさと硬さのあんばいが大切なように思います。
勝沼 それは、経営層とのコミュニケーションでも同じですか。
堀切 時に硬くてもデザインの本質的な言葉をぶつける。できれば端的に。柔らかく分かりやすい言葉だけでは、結局相手はふに落ちず真のコミットメントは得られない。2017年に初代のCLAYスタジオ(デザインセンターの活動拠点)をつくったとき、僕は答申書に「新しくなった富士フイルムをデザインしたい。それがCLAYの究極的な目的です」ぐらいしか書きませんでした。今思うと大胆なことを書いたと思います(笑)。
すると当然経営トップから「どういうことだ?」と返ってきたので、次はもっと丁寧に説明しました。「多事業化の結果、富士フイルムはひと言で説明できない会社になった。だから会社を丸ごとデザインしなきゃいけない。デザインセンターが開発の上流に入って、設計者や研究者と一緒に潜在的な課題を見つけ、“人々の言葉にならない思い”を形にしなければならない。そのためにはデザイナー自身を覚醒させる場(人材の能力を引き出す環境)が必要です」と。すると即座に「そうか、やってみろ」と。

富士フイルムホールディングス 執行役員 デザイン戦略室長 兼 富士フイルム 執行役員 デザインセンター長。 1985年、プロダクトデザイナーとして富士写真フイルム(当時)に入社。代表作の初代チェキのデザインで発明賞を受賞。2014年、デザインセンター長に就任し、「富士フイルムをデザインする」を掲げ、2017年、CLAYスタジオを西麻布に開設。2018年にデザイナーとして初めて執行役員に就任。2022年に富士フイルムホールディングスにデザイン戦略室を開設し、グループ全体のデザインとブランドを担う。
Photo by YUMIKO ASAKURA
勝沼 サラッとおっしゃいますが、デザインへの投資を引き出したすごい話ですよね。そんなことができる人、堀切さん以外になかなかいないと思いますよ。
堀切 いやいや、その前に長い長いプロローグがありました。思い返せば、経営層との対話の原点は、デザインセンター長として部門の月度レポートを出し始めたときです。言葉だけでデザインのことを伝えるのに四苦八苦していて。でも、それを続けているとある時、「ここをもっと詳しく」「これはどういう意味か」みたいなコメントが付くようになって、書面越しに経営トップとの対話が始まりました。
UI(ユーザーインターフェース)とかUX(ユーザーエクスペリエンス)なんて言葉も、当時は全然通じないですから、自分なりに翻訳する。少し扉が開く。そこで「デザインの提案でこんな商品が生まれた」「こんな機能が生まれた」って事例を交えて報告する。専門的な概念もちょっとずつ入れていく。やり過ぎると「分からない」と返ってくる。そのあたりで「書面では限界があるので、直接説明していいですか?」となる。
勝沼 自然にプレゼンに持ち込むんですね。うまいなあ〜。
堀切 でもね、「説得してやろう」とか「投資を引き出してやろう」とかじゃなく、経営層にもデザインのことをちゃんと知ってもらいたい。それならモノを見せながら話した方が伝わりやすい。思い返せば、経営層との対話はそんな感じでずっと続けてきました。