勝’s Insight:「コミュニケーション力」と片付けるなかれ
デザイン行為の地道な積み重ねこそが経営層の信頼に
堀切さんはチャーミングな人だ。柔らかい言葉と振る舞いで、あっという間に人を魅了してしまう。披露される経験談は、面白いだけでなく学びが多い。普通の人なら自慢話や武勇伝になりかねないエピソードも、まったくそうは聞こえない。なぜなのか。堀切さんの様子を観察すると、私の質問に向き合いながらも、周囲のスタッフ一人一人にもきちんと視線を向け、誰一人疎外しないよう心を配っていることに気付く。富士フイルムという巨大なグローバル企業で、ここまで存在感のあるデザイン組織をつくり上げた手腕の一端を見た気がした。
富士フイルムには、医療機器のように、デザイナー自身がユーザーになれない製品が多い。それでも現場に通い詰め、観察と仮説検証を重ね、ユーザーすら気付いていない痛みや喜びを探り当てることからしか、新しい価値は生み出せない。こうしてあらゆるユーザーに深く共感してきた経験の重みが、堀切さん一流の軽やかなコミュニケーションの土台になっているのではないだろうか。
そんな堀切さんから「成功からこそ学ぶべき」という言葉を聞いて、わが意を得たりと膝を打った。私自身、何かしら小さい成功を生み出し、それを普遍性のあるストーリーに変換して横展開することで改革を進めてきたからだ。「成功から学ぶ」とは、一つの成功をそれだけにせず、線や面として広げることだ。そのためには、成功体験を他者にも理解できるよう「語れる状態にしておく」ことが重要だ。部門の月度レポートから経営トップとの対話が深まったのも、堀切さんが「成功から学べる人」だからだと私は思う。泥くさい実践の積み重ねから成功要因をきちんと抽出し、語り続けたからこそ、百戦錬磨の経営幹部の心にも響いたのだ。
堀切さんは「デザイン賞は製品賞だ」と言う。確かに「いい製品だなあ」と心から思えるものは、見た目も使い心地も良く、さらに価値と価格が釣り合っている。B(ビジネス)・T(テクノロジー)・C(クリエイティブ)が混然一体となっているのだ。すると「いい製品」ほど、デザインだけを切り離して評価するのが難しいということになる。デザインの価値をいかに定量的に測定し、可視化し、共有するか──は、デザイン経営における課題の一つだが、実はその先には、一切の定量化が不要になる境地がある。逆説的だが、そんなことも考えさせられた。
(第8回に続く)
