デザインを売り込まない! 「周囲からのノック」を引き出すコミュニケーション──富士フイルム 執行役員・デザインセンター長・堀切和久氏インタビュー

デザインの力を経営に生かすには、経営層とデザイン部門の深いコミュニケーションが欠かせない。写真フィルムを祖業に、カメラ、化粧品、医療機器など、あっと驚く多事業化戦略で力強い成長を続ける富士フイルムでは、早くから、デザイナーが製品開発の上流から関わってきた。デザインセンター長であり執行役員でもある堀切和久氏に、経営とデザインをつなぐ独自のコミュニケーション哲学を聞いた。

デザインの力で「体験」を変えていく

勝沼 モノからコトへの流れの中で、デザインの役割が製品設計から体験設計へと広がっています。中でも、富士フイルムは「体験のデザイン」に先駆的に取り組んできた企業ですよね。堀切さんの代表作の<チェキ(商品名:instax)>は、まさに「写真を撮る」という体験を大きく変えた製品だと思います。

堀切 チェキの発売は1998年ですが、事前のマーケティング調査では全世代で反応が鈍かった。ただ、プリクラ世代の女子高生だけがビビッドに反応してくれた。発売して即ブームになり、今では世界中にユーザーがいます。富士フイルムは創業90周年の昨年(2024年)1月、「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」というパーパスを発表したのですが、チェキも笑顔をたくさん増やしてきた一つのカルチャーだと思っています。

勝沼 このパーパス策定にも堀切さんが関わっているそうですが、どういった経緯で決まったのですか。

堀切 策定ありきじゃなく、「本当に必要か?」から議論を始めました。すると、富士フイルムの多事業化が進む中、社会に向けたメッセージが必要だと感じている社員が想像以上に多かったのに驚かされました。世界中の社員に 「あなたにとって富士フイルムとは?」と問い掛けたところ、最終的に「変革」「技術」「笑顔」の三つに集約されました。この中で「笑顔」が唯一、人や社会への提供価値だから、これぞパーパスだよね、と全員一致でこの言葉を選びました。

デザインを売り込まない! 「周囲からのノック」を引き出すコミュニケーション──富士フイルム 執行役員・デザインセンター長・堀切和久氏インタビューPhoto by YUMIKO ASAKURA

勝沼 パーパスの浸透にもデザイナーが関わっているのでしょうか。

堀切 もちろんです。先ほどお渡しした名刺も浸透策の一つで、全社員が自分の笑顔が入った名刺を使っています。地球上の笑顔の回数を増やすには、まずは社員の笑顔が大事ですから、「恥ずかしがらずに写真を表にして名刺交換しよう」と伝えて、パーパスをそれぞれの持ち場で実践しています。動画やマガジンも作りました。こういうデザインってカッコ良過ぎても駄目で、ある程度の手作り感が必要だと思います。

勝沼 分かります。洗練させ過ぎると、かえって伝わる範囲が狭まることがありますよね。

堀切 「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」という表現もちょっと回りくどいですが、スムーズさより「回数」とか「増やしていく」みたいな、あえて引っ掛かりのある言葉を入れて記憶に残すことを考えました。こうしたワーディングにもデザイナーが関わっています。

勝沼 なるほど。今日はこうした「伝え方のデザイン」についても、ぜひ伺いたいと思っています。