イーロン・マスクによるツイッター買収劇とその後の混乱を描いた『Breaking Twitter イーロン・マスク 史上最悪の企業買収』(ベン・メズリック著、井口耕二訳)。著者は大ヒット映画『ソーシャル・ネットワーク』原作者、ベン・メズリック。本書はメズリック氏による関係者への徹底的な取材をもと、マスクの知られざる顔に迫る衝撃ノンフィクション小説だ。「生々しくて面白い」「想像以上にエグい」「面白くて一気に読んだ」など絶賛の感想が相次いでいる本書。今回は本書の発売を記念し、イーロン・マスク体制下におけるツイッター社の衝撃的なレイオフの一場面を一部抜粋・再編集してお届けする(全2回のうち第2回)。

「人間である証拠を出せ」。
それは比喩ではなく、解雇対象の社員が“本物の人間”であることを証明するよう、イーロン・マスクが本気で命じた内容だった。20分でリストアップされた“残したい社員”リスト、口外禁止の指令、そして今度は社員情報のクロスチェック。現場ではスプレッドシートを前に、誰を救い、誰を切るのかを判断させられている。一方マスク本人は、その混乱のさなかにニューヨーク行きの予定を入れていた。名目は広告主との面会。しかし本当の目的は――。

イーロン・マスクが求めた“解雇対象の社員が「人間である証拠」”――リストラの影にあった異常な指令とは?Photo: kovop58/Adobe Stock

「人間かどうか確かめろ」――マスクが命じた異常な指令

「もうひとつ、言っておかなきゃいけないことがある。人員の整理をするにあたり、社員がリアルな人間である証拠を出せとイーロンは求めているらしい。そうでなければボーナスは出さない、と」

「なんだって?」

聞きまちがいではなかったらしい。クビになったのが本物の人間である証拠を出せとマスクがはっきり言っているというのだ。

「血液サンプルでも出せばいいのか?」

ケイヒルは笑ってくれなかった。マスクは大マジらしい。

マスクは、実はすでに、社員が人間であることを確認しろ、住所と電話番号のクロスチェックで「社員名簿の監査」をしろと最高会計責任者のロバート・カイデンに命じていた。

人間CAPTCHAになれというわけだ。

数日後にはカイデンも警備員に本社ビルから追い出されるのだが、それまでは、解雇された社員が本当に脈のある人間であったことを確認するのが彼の仕事だったわけだ。

解雇の期限は“福利厚生の基準日前”――労働法違反すら織り込み済み?

「正気の沙汰じゃない。20分でやれって? それはまたどうして?」

尋ねはしたが、答えはだいたいわかっていた。

昼間に流れてきたうわさによると、福利厚生の基準日となる11月1日より前に解雇をすませたいとマスクは考えているという。

3日後だ。それは労働法を何重にも破ることになる、罰金や訴訟に発展するぞとたしなめられたらしいが、訴訟ならいつものことだし、罰金も慣れていると返したらしい。

ケイヒルによると、罰金額は100万ドル単位に達する、下手すれば10億ドル単位になるとの見積もりを示され、さすがのマスクも引き下がったとのこと。

だがそれでもナイフは用意し、すぐに使うつもりのようで、月曜までに残す人と切る人のリストを用意しろと言われたわけだ。

マスクは週末ニューヨークへ。その目的とは?

マスクはこの週末、ニューヨークへ行くので、月曜日にはサンフランシスコにいないのに、という言葉もあった。

「広告主に会うためかな?」と、マークは尋ねた。

命の源を守ろうと、NFLのロジャー・グッデルや英国の巨大代理店WPPのマーク・リードなど、大手顧客との顔合わせをロビンらが準備するのだろう。

大手顧客の前にマスクを引っ張り出せば、これからまちがいなく行われるコンテンツモデレーションポリシーや担当者の変更に関する懸念や、ツイッターの未来をマスクがどう考えているのかといった懸念に対し、彼自身に答えてもらえるはずだ。

「ああ、そういうことらしい。でも、たぶん、目的はほかにもあると思うよ」

そうか、そうだよな。月曜はハロウィーン当日だもんな。

つまり、マークやマーククラスの社員が、世界中で、どの、リアルな人間の社員は救おうとするのか、どの、リアルな人間の社員は犠牲にするのかを決め、スプレッドシートにまとめているあいだに……。

マスクはニューヨークへ行くわけだ。目的はいろいろとあるらしいが、おそらく、一番はパーティに参加するために。

(本稿は『Breaking Twitter』から本文を一部抜粋、再編集したものです)