自分を泳がせてセレンディピティを起こす。超多忙でもできる「インプット&アウトプット」

京都先端科学大学教授の名和高司氏は、一橋大学ビジネススクールでも教鞭を執り、複数の大手企業の社外取締役やシニアアドバイザーを兼任すると同時に、『シン日本流経営』(2025年)、『エシックス経営』(2024年)、『超進化経営』(同)、『パーパス経営入門』(2023年)など注目の著作を次々と世に送り出している。その驚異的な知的生産性は、どのようにして培われたものなのか。

中国版『ハーバード・ビジネス・レビュー』のフォーラムをきっかけに名和氏との交流を続ける元電通公共関係顧問(北京)有限公司CEOの鄭燕氏が、ビジネスパーソンの自己革新にもつながる名和氏の知の流儀に迫る。

前編の本稿では、超多忙な名和氏のインプット&アウトプット術を聞く。

「集中と分散」によって、「異結合」をつくり出す

今日は超多忙な名和先生が、ふだんどのように知のインプットと、新たな知の創造を行っているのかを伺いたいのですが、みずからに課している基本ルールのようなものはありますか。

名和企業経営の文脈で「選択と集中」という言葉がよく使われますが、私は「集中と分散」を自分の規律としています。これは、キーエンスの元社長、佐々木道夫さんが言っていた言葉で、「集中は必要だけど、集中していたものがもろくなると立て直しが利かない。さまざまなリスクや環境変化にフレキシブルに対応するには分散も必要だ」といった意味です。そこにキーエンスが持続的な成長と高収益を維持できている重要なカギがあります。

私は新たな経営論の構築に長らく取り組んできましたが、いま書いている『カイシャがなくなる日』という本では、会社というものをいったん否定したら何ができるかを考察しています。その次に出す予定の本は「アートと経営」をテーマにしていて、最近は美術館を回ったりしながらアートについての知識を一生懸命インプットしています。経営論を再構築するうえで、アートが一つの切り口になるという仮説に基づいているのですが、ある分野に集中しながらも、異質な知識を取り込み続け、新たな知を組み立てていくのが私流の「集中と分散」です。

時間は誰にも1日24時間しか与えられていません。その中で、時間をどうマネジメントしているのですか。

名和まずは無駄な時間を断捨離することです。私は群れるのが苦手で、会議やパーティの参加はできるだけ避けています。ひと頃ハマっていたゴルフもやめました。余白の時間は、新しい出会いや気づきを得るために使っています。タイパ(タイムパフォーマンス)優先でスケジュールを詰め込むのではなく、自分を泳がせる。そうすると、セレンディピティ(予想外の発見)が起きやすい。断捨離でつくった余白時間を贅沢に使うわけです。

時間マネジメントと表裏一体なのが空間マネジメントで、ノマド(遊牧民)的に空間を移動することを意識しています。昔からの性分として一カ所にじっとしているのが好きじゃないこともあるのですが、いまは箱根、京都、東京の3拠点生活をしながら、移動には公共交通機関を使ってインプットの時間に充てています。

亡くなった松岡正剛さん(編集工学研究所所長)が1970年代初めに創刊した『遊』という雑誌があって、高校生の頃からファンだったのですが、いろいろな分野に関心を深めて、異なるものを掛け合わせていくのが『遊』の発想で、松岡さんの編集工学の礎になっています。私はそれを「異結合」と言っています。

江戸時代に鎖国政策が敷かれる前、東南アジアを中心とした国々に根を張り、そこで起業し、生計を立てる「和僑」と呼ばれる日本人が大勢いました。日本人としての知恵や技術を現地の知識、文化と組み合わせて事業を展開したわけで、これも異結合です。日本は島国だから閉じこもるのではなく、島国だから海にこぎ出してどこへでも行けるというのが和僑の精神文化だと理解して、私もそれを実践しています。