さらに、重光産業は一番のノウハウであるスープだけは門外不出で自社から外に出しませんでした。味千ラーメンが成長した中国ではいまさら味を変えるわけにもいかないので、スープの仕入れ先を変えることは当然できません。こうして店舗数が600店に到達するとライセンス料とスープの売り上げも莫大な金額になります。

 この味千ラーメンのやり方は、吉野家としてもトレースすることは可能ですが、再現不可能なのが「第二の潘慰を見出すこと」でしょう。

 このように各社の戦略を整理すると、吉野家が単純に真似できる戦略はないことがわかります。言い換えると、吉野家には別の海外戦略が必要だということになります。

 では、吉野家はどのような戦略をとるべきなのでしょうか。

 先述したように吉野家HDのラーメンには少なくとも17種類のブランドがあり、異なる味があります。魚介が通用する国、とんこつが売れる国、鶏が受け入れられる国、どの国のライセンスを希望する企業にも「日本で売れている実績のある味」を提供することができます。

 この味の選択肢は海外展開の強みになるはずです。ただ、それだけなら競合の外食チェーンも同じものを持っています。そこから何らかの工夫が上乗せされる必要があるでしょう。

 たとえば、IPPUDOのように吉野家もグローバルなラーメンとしての強い統一ブランドを育てるのはひとつのやり方です。しかし、これには相応の時間が必要なので、2030年までに世界一を目指す戦略としては、最適解ではなさそうです。

 別の業態ですが「鰻の成瀬」がやっているようなDX化・ロボット化をラーメン業界に持ち込む戦略もあると思います。

 ラーメン通が、大規模なラーメンチェーンを嫌うひとつの理由が店ごと、従業員ごとの品質のばらつきです。ラーメンチェーンの場合、スープの味はセントラルキッチンで作るためにそれほど違いが出ないのですが、温度がばらつきやすい。それと麺のゆで方や湯切りの仕方でもバイトの力量で差が出ます。

 こういった課題に対して、他業態では天丼の「てんや」やうな重の「鰻の成瀬」が店舗での調理体制をシステム化することによって品質のばらつきをなくすことに成功しました。海外のどの店舗で提供しても、本部のプロの調理師が作るラーメンと同じ味を提供できるのであれば、それは他のチェーンにはない強みになるかもしれません。

 いずれにしても吉野家が目指す「10年後にラーメン提供食数世界一」が険しい道であることは間違いありません。そして進むことは難しいけれども到達できない場所でもない。この夏から若い新体制に入れ替わる吉野家HDには、ぜひとも挑戦してもらいたいと思います。