「通勤は毒か?」
そう語るのは、これまでネット上で若者を中心に1万人以上の悩みを解決してきた精神科医・いっちー氏だ。「モヤモヤがなくなった」「イライラの対処法がわかった」など、感情のコントロール方法をまとめた『頭んなか「メンヘラなとき」があります。』では、どうすればめんどくさい自分を変えられるかを詳しく説明している。この記事では、本書より一部を抜粋・編集し、考え方次第でラクになれる方法を解説する。(構成/ダイヤモンド社・種岡 健)

【通勤は毒か?】精神科医が教える「長い通勤時間」から心を守る対策とはPhoto: Adobe Stock

長い通勤が心にとって危険

 ぎゅうぎゅう詰めの満員電車、終わりの見えない車の渋滞…。

 ストレス社会で働くビジネスパーソンにとって、通勤時間は「あたり前」として日常に組み込まれていることでしょう。

 しかし、「通勤だけで一日のエネルギーを使い果たしてしまう」と感じるその感覚、決して気のせいではないかもしれません。

 近年、「通勤時間が長すぎることが、メンタルヘルスに大きな影響を与えている」と複数の研究機関によって警鐘が唱えられています。長い通勤時間は心身の健康に悪影響を及ぼすだけでなく、うつ病などのメンタル不調のリスクを高める可能性があるのです。

 今日は精神科医として、なぜ長い通勤が心にとって危険なのか。そのメカニズムと、避けられない通勤時間を少しでも心穏やかに乗り切り、メンタルを守るための具体的なアドバイスをお伝えします。

なぜ「長い通勤」は心に毒なのか?

 通勤時間が心に与えるダメージは、単なる時間の浪費だけではありません。
 そこには、明確なストレス要因が存在しています。

1. コントロール不能な慢性ストレス
 満員電車の不快感、交通渋滞のイライラ、予期せぬ遅延……。これらは自分の意志ではコントロールできないストレスです。近年の研究によれば、「片道でおよそ20分を超える通勤時間に晒され続けることで、ストレスの高い状態が続き、心身の緊張状態が抜けずに疲れやすくなる」と明らかになっています。

2. 睡眠とプライベート時間が削れてしまう
 さらに、長い通勤時間は、最も基本的な健康の土台にもなる「睡眠時間」を直接的に削ります。睡眠不足は、うつ病の非常に大きなリスク因子にもなり、家族との時間、趣味や休息の時間も奪われ、心のリフレッシュが妨げられるようになってしまいます。1日に使える時間を削ってしまうのです。

3. 身体的疲労がそのまま精神的な疲労に
 長時間の立ちっぱなしや同じ姿勢は、純粋な身体的疲労をもたらします。そして、そんな体の疲れは運動によって起こる気持ちの良い疲労とは異なり、精神的な疲労感や意欲の低下に直結してしまいます

4. 「コントロール感」の欠如を引き起こす
 人間という生き物は「自分の意志で状況をコントロールできない状態」、ようは時間や活動が拘束された状態が続くと、「何をしても無駄だ」という無力感が強い状態に陥りやすくなります。これが、抑うつ気分や物事への興味の喪失、人生の達成感の減少につながってしまいます。

 通勤時間は長い人ほど、幸福度は低くなり、ストレスレベルが高く、社会的な孤独を抱えやすくなると示されています。
 なんだか日常がつらいと感じる人では、毎日の「通勤」が、知らず知らずのうちに心を蝕んでいる可能性もあるのです。

メンタルを守る通勤時間の具体的な過ごし方

 では、そんな過酷な通勤時間の負担を少しでも軽くするにはどうすればいいのでしょうか?
 そんな悩みに対し、いくつか満員電車の中で実践できるアドバイスについて共有します。

1. 「ストレスは耳から守る」
 ノイズキャンセリング機能のあるイヤホンは、いまや通勤ストレス対策の必須アイテムです。とにかく意識的に通勤するという日常を切り離すのが大切で、通勤中に好きな音楽を聴くのはもちろん、気持ちが落ち着く自然の音(雨音、波の音など)、オーディオブックやポッドキャストなどを聴いて、周囲の騒音から意識を切り離し、自分の世界に没入することで負担をやわらげることができるでしょう。

2. 「通勤しながらマインドフルネス」
 目を閉じて、自分の呼吸に意識を集中するだけでも、立派なマインドフルネスです。通勤中に苦しいと感じたときこそ、しっかりと深呼吸を意識して、鼻からゆっくり息を吸い、口から長く吐き出す深い深い呼吸を繰り返してみましょう。電車の待ち時間や乗り継ぎなど、ほんの少し外気に触れる時間でも呼吸を意識するだけで、ザワザワした気持ちが落ち着いたり、ストレスを和らげることにつながります。

3. 「インプットに集中する」
 電子書籍で興味のある分野の本を読んだり、語学学習のアプリを使ったりと、通勤時間を有意義に感じるだけでもメンタルヘルスの向上には有効です。「通勤時間は拘束時間だ」という意識を減らし、「通勤時間は成長の時間だ」という感覚を持てれば、自己肯定感を高めてくれます。

4. 「通勤時間を投資する」
 毎日でなくとも、本当に疲れている日には、グリーン車や指定席を利用して座って帰る、タクシーを利用するなど、「お金で心身の健康を買う」という視点も大切です。毎日同じ通勤方法だと脳も飽きてますます「不自由だ」と感じてしまいます。ちょっぴりの贅沢だけでも私たちの脳は大きく癒されてくれるのです。

小さな工夫はあなたを守る

 明日も続く長い通勤時間。それらはすぐには変えようもない現実かもしれません。

 しかし、その時間の「過ごし方」や「捉え方」は、今日からあなたも変えることができます

 通勤時間を「苦痛なだけの消耗時間」から「自分をケアしたり、育むための時間」と捉えなおしてみるのも人生を生き抜くための工夫になるかもしれません。

 毎日つづく通勤時間だからこそ、小さな工夫は積み重なって、あなたをきっと守ってくれるでしょう。

(本稿は、頭んなか「メンヘラなとき」があります。の著者・精神科医いっちー氏が書き下ろしたものです。)

精神科医いっちー
本名:一林大基(いちばやし・たいき)
世界初のバーチャル精神科医として活動する精神科医
1987年生まれ。昭和大学附属烏山病院精神科救急病棟にて勤務、論文を多数執筆する。SNSで情報発信をおこないながら「質問箱」にて1万件を超える質問に答え、総フォロワー数は6万人を超える。「少し病んでいるけれど誰にも相談できない」という悩みをメインに、特にSNSをよく利用する多感な時期の10~20代の若者への情報発信と支援をおこなうことで、多くの反響を得ている。「AERA」への取材に協力やNHKの番組出演などもある。