伝統と革新は切り離せない

主観と客観、内と外、人と自然など、2つに分けて考える西洋的二元論からは生まれない深みのある世界といえます。

名和心理学者の河合隼雄さんは神話を読み解いて、日本人の精神世界は「中空構造」であると指摘しました。西洋型の中心統合構造と反対で、全体を支配する中心的存在がないんです。たとえば、神は一人ではなく、「八百万の神」。ヒーローやヒロインは複数でいい

もともと、日本には神道がありましたが、中国から仏教や儒教が伝わり、のちにヨーロッパからキリスト教が来ても、それを全部受け入れる。中空構造だからこそ、何でも中に入り込めるし、その時々で中心が変わってもいい。

中空構造は、フラジャイル(弱い、もろい)でありながらも、強さがある。日本の木造建築で最も高いのは京都・東寺の五重塔ですが、約1200年前に建てられてから落雷などで4回焼失し、そのたびに建て直しています。現在の五重塔は、江戸時代初期に再建された5代目です。日本は地震や台風が多い国ですから、壊れる前提でつくり、修復しながら長く使う。そして、壊れたら建て直す。

中空構造だからこそ包摂する力があり、フラジャイルであるがゆえに持続可能性が高い。それが、日本の文化や精神の深層にあるのです。

日本人の精神は元来、多様性を受け入れてきたと。

名和そうです。一方で、多種多様なだけではバラバラになってしまうので、つながっていく活動が必要で、私はそれを「壁抜け」と言っています。シン日本流経営では包摂する力を「心化」と「身化」という言葉で説明していますが、心と体の一体化、精神と自然の共生・共鳴によって、異次元の進化がもたらされる。「シンカのマンダラ」で表現した8つの「シンカ」をつなぐ「壁抜け」ができると、日本流経営の進化が生まれます。

イノベーションを起こすためにダイバーシティが必要だと皆さん言っていますが、異質な考えや背景を持った人たちがバラバラなままだと遠心力が働くばかりですから、調和を図り、結び直す。私は、それを「和化」と言っています。「和化」という包摂する力がイノベーションを生むのです。

「和化」は、同化とは違います。相手を同化させたり、自分が同化したりするのではなく、異質なものを異質なものとして尊重しながら、ともに新しいものをつくっていくのが「和化」です。

異なる色を混ぜ合わせて一つの色にするのではなく、多彩な色の調和で美しい絵を描くようなイメージでしょうか。

名和いい例えですね。ヘーゲルの弁証法は、テーゼとアンチテーゼという対立や矛盾があったら、いいところを統合し、対立を乗り越えた高次元のジンテーゼへと止揚(アウフヘーベン)させることで物事が発展するという考え方です。これは、異なる2色を混ぜて新しい色をつくり出すようなもので、いかにも西洋的です。

哲学者の西田幾多郎は、「絶対矛盾的自己同一」という難しい言葉を使っていますが、黒と白、陰と陽といった両極、あるいは根本的な矛盾を抱えながら世界は存在し、その中にダイナミズムがある。これが日本流の考え方です。異なる色を混ぜ合わせずにそのままにしておく。社会も自然も根本的な矛盾が同居しながら、一つの世界を形成している。

たとえば、伝統と革新は対立する概念であり立場ですが、長い時間軸で見ると、伝統を守るだけでは進化がなく衰退してしまう。だから、伝統を乗り越える革新が必要なのですが、何もないところから革新は生まれない。しっかりとした伝統があり、それを乗り越えようとするから革新が生まれる。その革新がやがて伝統となり、その伝統を乗り越える次の革新が生まれる。そうやって、単なる過去の延長ではない、新しい未来をつむぎ出していくわけです。過去と未来が切り離せないように、伝統と革新も切り離せません。