キーをポンっと打つだけで、ネット空間で一瞬にして、自分で書いた日本語がペルシャ語やスワヒリ語に変換されます。しかも1円もお金をかけずにです。これは言語史において画期的なことです。

 実際、動画サイトなどを見ていても、日本の歌謡曲やアニメの主題歌の歌詞を外国の方が翻訳し、その感想を自国の言葉でコメント欄にアップしていたりします。

 それを私はサイト上で日本語に翻訳して読むことがあるのですが、実に深いところまで世界観を理解している人が多く、その見識と洞察力、理解度の高さにいつも驚かされています。

 特に歌詞というのは論文や報告書と違い、抽象的な表現で綴られることが多いので、日本人であっても聴く人によって解釈が分かれるのが普通です。曲によってはコメント欄に「何がいいたいか全然わからない」といった声をよく見かけます。

 そうした中、ヨルシカの《だから僕は音楽をやめた》という楽曲の歌詞に対して、ドイツの一般の方が感想を書き込んでいたのですが、これが胸を打つほどの感動的な文章だったのです。正しく歌詞を受け止め、そのうえで自分の経験とも照らし合わせながら、説得力のある厚みのある文章として構成されていました。

 念のために整理をしますと、アーティストが書いた歌詞は日本語で、それをドイツの方がサイト上でドイツ語に翻訳して読み、感想をドイツ語で書き込んだ。それを私が日本語に翻訳して読んだ、ということです。

福澤諭吉の外国語習得スキルは
いかにして磨かれていったのか

 そんな言語の伝言ゲームのような流れで、はたして意味が伝わるのかというと、これがかなりの精度まで伝わるのです。

 もちろん、AI技術の進歩が正確かつ忠実な翻訳を可能にしたという背景はあります。しかし前提として、そのドイツの方が母語をしっかりと習熟してきた人であり、読む側のこちらも日本語を正しく学んできた。これがもっとも重要なところです。

 福澤諭吉はもともと漢学に精通していましたが、時代の中で西洋を知るためにオランダ語も学びました。やがて西洋をより深く知るには英語も必要だと考え、今度は英語も習得してしまいます。

 この根本にあったのが福澤の卓越した日本語力でした。幼い頃から漢文に接して日本語に置き換える訓練ができていた福澤は、同じようにオランダ語も英語も文章を分解して構造化し、日本語で表現することがさほど苦にならなかったのです。母語に十分習熟していたからできたことです。