
「もっと子どもに愛情をかけて」と言われれば、親の虐待は収まると思うのが普通の考えだろう。しかし、一部の発達障害のある親の場合、特定の状況では、一般的な指導方法が逆効果になることがある。そこには、彼らが抱える苦悩があった(注:発達障害者が必ず子どもに虐待をしてしまうということでは決してない。発達障害のある親でも、懸命かつ適切に養育をしている者がほとんどである)。※本稿は、橋本和明『子どもをうまく愛せない親たち 発達障害のある親の子育て支援の現場から』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。
子どもを虐待する母親に
「もっと愛情をかけて」と声かけ
筆者は家庭裁判所調査官として勤務をしていた頃から虐待について関心を持ち、事件の処理やそれらの研究に従事してきた。
裁判所を退職後も、児童相談所はもとより市町村の福祉事務所ともかかわりも深く、しばしばケースのスーパーヴィジョン(指導)を職員にし、ある時期は市町村での要保護児童対策地域協議会という虐待対応の地域ネットワークの会の代表をすることもあった。そんな活動をする中で出会った2つの事例である。
1つ目は、小学校1年生の女児の母親のAさんである。Aさんはわが子を殴ったり、ひねったりする身体的虐待を与えていたため、児童相談所に通告がなされた。担当の児童福祉司はこのAさんを呼び出し、「お母さん、娘さんにもっと愛情をかけてあげてくださいよ。そして、娘さんの気持ちをもっとわかってあげてくださいね」と言って指導した。
Aさんは児童福祉司の言うことに反論することなく素直に聞いており、「そうします」と返答した。児童福祉司は、その母親Aの様子からすると、こちらの言わんとしていることをわかってくれたと少し安堵(あんど)し、2週間後に再度児童相談所に来てもらう約束をして、このときは女児とともに家に帰ってもらうことにした。