旭川の留守部隊を守る門兵は、夜中でも捧げ銃をしつつ当番の役目を果たす。ある夜、南方に出征していた兵士たちが隊列を組んで兵舎に帰ってきた。整然と行進している。夜中の静けさの中に軍靴の音だけがザクザクと響いている。兵士たちはリュックを背負い、銃を肩に、真っすぐに前を向いて歩いていく。門兵はそれを不動の姿勢で見守る。深夜の密かな帰還であった。兵士たちは自分たちのいつもの兵舎へと入っていった。
ところが彼らが兵舎に入ったにもかかわらず、電気もつかなければ、物音ひとつ聞こえてこない。門兵は震え上がったというのである。
南方の戦場に赴いた兵士たちが全滅したという情報は、やがて公式に明らかにされた。では、あの兵士たち2500人は何だったのか。門兵は、自分は確かに仲間が隊列を組んで帰ってきたのを見たと譲らない。いや、市民の中にもザクザクという軍靴の音を聞いたと証言する者が数多く出てくる。兵隊たちが帰ってきたと信じる兵士の家族たちは、彼らは戦闘で負けたので、責任を負わされてどこかに幽閉されているのだと噂し合ったという。
むろんこれは、まさに「戦時民話」である。戦争で理不尽な形での死を強要された兵士たちの怨念を銃後の人々が引き継いでいるのである。私はこうした戦時民話をかなり集めてきたが、最も多いのは戦死した若者たちが故郷に帰ってくるという幽霊話であった。
偶数列にいたら命拾い
奇数列にいたら玉砕
ある地方の村の青年たちが属する部隊がほぼ全滅、あるいは玉砕したというケースでは、その年には蛍が異様に多く、村人たちは兵士たちが蛍になって村に帰ってきたと噂し、涙を流したというのであった。
私の取材ノートから引用すると、これは戦後の話だが、玉砕した兵士たちの遺骨を求めて元北部軍の兵士たちがアッツ島(太平洋戦争で最初の玉砕の地)に出かけた。昭和40年代である。仲間の骨を集めているときに、急に霧が立ち込めたという。その霧が至るところで人のような形になっていく。写真を写した元兵士は山影と霧を指さして、「これは戦死したAにそっくりなんです」と言う。私には人の形に見えないが、彼らには見える。霧が仲間の兵士の涙であったとも信じているのだ。