この“ダブル勘違い事件”の1ヵ月前、同年8月13日の国鉄戦(後楽園)では、“勘違い四球事件”が起きている。
0対0の1回2死、安打の宮本敏雄を二塁に置いて一打先制のチャンスに、4番・長嶋はカウント2-2から村田元一の5球目、ボール球を見送り、フルカウントになった。
ところが、次の瞬間、長嶋は手にしていたバットを放り投げると、うれしそうにスタスタと一塁に向かうではないか。うっかり四球になったと勘違いしてしまったのだ。
2、3歩進んだところで円城寺満主審に呼び戻され、照れくさそうな表情で打席に戻るミスターの姿に、スタンドはもちろん大爆笑。「勇んで(一塁に)歩くとは落ち目だな」のヤジも飛んだ。こんな間の悪いときには、“野性の勘”も鈍るようで、次のカーブを空振り三振に倒れた。
「どうかしていたんだ。どうもこのごろ当たっていないので(直前10試合で33打数7安打)、四球のほうがありがたいと思っていた。そんな気持ちがあったからかな」と頭をかきながら説明した長嶋だったが、1点を追う3回の2打席目、今度は村田から正真正銘の四球を選び、1死満塁とチャンスのお膳立て。次打者・与那嶺要の逆転2点タイムリーを呼び込み、チームの勝利に貢献した。
“勘違い四球事件”のお次は、61年9月21日の中日戦(後楽園)で起きた“勘違い振り逃げ事件”を紹介しよう。
1回裏、巨人は坂崎一彦が右中間に先頭打者ホームランを放って1点を先制したあと、1死から王貞治が四球で歩き、4番・長嶋が打席に入った。フルカウントから板東英二が6球目を投げるのと同時に、一塁走者・王がスタートを切ったが、長嶋は板東のフォークを空振り三振。
ところが、このボールを捕手・吉沢岳男が後逸したことから、王は加速して一気に三塁へと向かう。長嶋も打席で一瞬ためらったあと、バットを放り投げて一塁に向かって走りだした。
しかし、1死一塁の場合、振り逃げは成立しないのがルール。富沢宏哉一塁塁審から「君はアウトだ!」と宣告され、一塁側ベンチを指さされた長嶋は、すごすごベンチに引き揚げる羽目になった。