なぜ日本製鉄は「こじらせ」案件でも買収したいのか

 なぜ、日本製鉄はこれほど苦労してまでUSスチールスチールを買収したいのか。改めて本件の経緯を振り返ってみよう。

 そもそも日本製鉄は、国内が人口減少などを背景に需要の縮小に向かうのを考慮して、高炉の整理など構造改革を進めてきた。広島県呉市の瀬戸内製鉄所呉地区は2023年に閉鎖し、福岡県北九州市の八幡製鉄所に残る高炉も電炉に転換する見通しだ。

 一方、需要の伸びが期待できる海外市場では、強みである製鉄技術を発揮できる分野で買収を進めた。19年には、インドでエッサール・スチールを買収した(アルセロール・ミッタルと共同)。22年にはタイの電炉企業、GスチールとGJスチールを買収し、ASEANでも地歩を築いた。

 そして23年12月、約2兆円を投じてUSスチールを買収すると発表した。主な目的は、高級鋼材の最大の需要国である米国市場でのシェア獲得だ。USスチールを傘下に収めることで、世界トップの生産量を誇る中国宝武鋼鉄集団など中国鉄鋼メーカーとの価格競争に対抗し、日米で安定して高付加価値の鋼材を供給する体制を構築する狙いもある。

 しかしその後、米国での買収戦略は政治リスクに直面した。24年1~3月、バイデン大統領(当時)とトランプ氏は、相次いで日本製鉄によるUSスチール買収に反対の立場を示した。

 日本製鉄もただ指をくわえて見ていたわけではない。米国政府との交渉を進めるため、第1次トランプ政権で国務長官を務めたマイク・ポンペオ氏をアドバイザーに起用した。

 ところが、対米外国投資委員会(CFIUS)の審査を経て25年1月、バイデン前大統領は買収禁止命令を下した。その時点で、トランプ大統領も買収に反対だった。理由の一つは、買収によって雇用が減少すると考えたからだろう。それはトランプ氏の支持層に重大な影響を与える。

 トランプ氏は、関税や減税政策、規制緩和を駆使して米国の製造業の復興を目指すと主張してきた。USスチールの本拠である、ペンシルベニア州などの「ラストベルト」(さびた工業地帯)の労働者の不安を募らせる展開は避けたいはずだ。