トランプの機嫌を直した「黄金株」は伝家の宝刀か
5月半ば、トランプ氏はSNSで「日本製鉄とUSスチールの計画的パートナーシップを考えている」と投稿した。このころから買収へのスタンスが微妙に変わり始め、徐々に歓迎する姿勢に変化しているとみられる。
トランプ氏の心を動かした要因の一つに、日本製鉄が米国政府に「黄金株」の付与を提案したことが挙げられるだろう。黄金株とは、拒否権付き種類株式のことを指す。1株でも黄金株を保有する者は、取締役の選任や解任など重要な意思決定を拒否する権限を持つ。ちなみに日本では、INPEX(旧社名は国際石油開発帝石)の「甲種類株式」を経済産業相が保有している。
一方、日本製鉄は、USスチールの買収を成立できなければ相手側に5億6500万ドル(約800億円)の違約金を支払う義務を負っている。そういうこともあって苦肉の策として、黄金株の付与を米国サイドに示したのだろう。
トランプ氏にとって黄金株の取得は非常に重要だ。USスチールを米国サイドがコントロールできると宣伝できるからだ。日本企業から多額の資金を引き出してUSスチールを再建した上に、経営のコントロールを米国側が握れれば、特に米国の保守層にとって好都合な案件になる。
しかしながら、これで一件落着とは言えない部分がありそうだ。米国サイドが黄金株を保有することは、当初のシナリオにはなかっただろう。日本製鉄はUSスチールの100%子会社化を目指していたが、重大な制約になるはずだ。
米国では、黄金株が持つ拒否権は自由に設計できるという。トランプ氏や共和党内の保守派の政治家は、買収を認める代わりに自らの要求を黄金株の拒否権条項に盛り込もうとするだろう。
そうした可能性から、5月30日、USスチールの製鉄所で演説したトランプ氏は「今後最低10年間、全ての高炉を維持する約束だ」と明言したのだろう。この発言は、政府が一部の所有権を持ち買収を成立させることで、雇用を保護できると誇示する内容だった。
トランプ氏にとってはUSスチールの再建よりも、自分の成果を宣伝する機会として重要だったはずだ。対米直接投資を呼び込み、それによって「MAGA」(MAKE AMERICA GREAT AGAIN)を実現することができる、またとないチャンスと映ったのだろう。