その間、WTI価格は、わずか数日で1バレル=65ドル台から75ドル近辺まで急騰。イスラエルが空爆した当日の13日だけで上昇率は前日比7%に達し、2022年3月のロシアによるウクライナ侵攻直後以来の大幅な値動きとなった。

 しかし、24日早朝、トランプ大統領は、突如イランとイスラエルが停戦に合意したことを発表。この発表の直後に、原油価格は急速に下落。相場はイスラエルの攻撃前の水準に戻った。

イラン情勢が抱える
原油供給リスクは限定的か

 イスラエルとイランの衝突が一時的に鎮静化したとはいえ、停戦の実効性は不透明であり、イスラエルが攻撃する原因となったイランの核開発という根本的な問題を解決しない限り、中東を巡る地政学リスクは今後もくすぶり続けるだろう。そして、最大の注目点は、両国の衝突が供給網にどこまで影響を与えるかである。

 現在、イランは日量約330万バレルの原油を生産し、そのうち約170万バレルを主に中国に輸出している。先行研究によると、世界の供給量が日量100万バレル減少するごとに、原油価格はおおよそ5%上昇する。つまり、イランの輸出が全面的に途絶した場合、原油価格は6ドル程度上昇する計算だ。

 ただし、サウジアラビアやUAEなどOPEC主要国が合計で日量500万バレル以上の余剰生産能力を有していることを踏まえれば、この規模の供給減少であれば補填(ほてん)は理論上可能である。市場が深刻な供給不足に陥るリスクは高くない。

 より深刻なシナリオとして懸念されてきたのは、イランがホルムズ海峡の封鎖を試みるケースである。1日平均1600万バレルの原油が同海峡から輸出されており、陸上パイプラインを活用して400万バレル程度は迂回(うかい)輸送できるとされるが、それでも1200万バレルの原油が搬出不能となる。

 とはいえ、ホルムズ海峡封鎖は日本を含む多くの国へ甚大な影響を及ぼし国際的な批判に晒されるだけでなく、タンカーが手配できず中国へ輸出できなくなればイラン自身も収入を絶たれることになる。また、イスラエル軍の空域支配や米海軍の海上抑止力も強力であることから、イランが長期的・全面的な封鎖作戦を遂行できる現実性は乏しい。

 今後もイランは封鎖を“外交カード”としてちらつかせるだろうが、現実の行動は、タンカーへの散発的な通行妨害や攻撃など極めて限定的なものにとどまる可能性が高い。仮にこうした単発のリスクイベントが起こっても、原油価格は一時的な高騰にとどまるだろう。

米中経済の減速などで
供給過剰が続く原油市場

 地政学的リスクを切り分けて、現在の原油市場を俯瞰(ふかん)すると、需給は依然として緩和状態にある。

 需要面を見ると、世界最大の消費国である米国の経済は減速方向にあり、中国も不動産市場の調整長期化を背景に成長率が低下している。石油需要は、世界の経済成長と高い相関関係を持つが、こうした主要国のマクロ経済の弱さは、原油需要の伸び鈍化として市場に直接的な影響を及ぼしている。