
おなかが空いた人に自分の顔を食べさせる特異なキャラクター、アンパンマン。いまでこそおなじみの設定だが、子ども向け絵本としては、グロテスクでありホラーに過ぎるだろう。先行するスーパーマンやバットマンといったミラクルなヒーロー像の向こうを張って、やなせたかしが打ち出した「正義」の形とは?※本稿は、柳瀬博一『アンパンマンと日本人』(新潮社、新潮新書)の一部を抜粋・編集したものです。
やなせたかしが初めて世に送った
「アンパンマン」の素顔とは
1968年、やなせたかしは、雑誌『PHP』から1年間の短編童話の連載を依頼されました。前年の1967年、同誌に「やさしいライオン」(編集部注/やなせたかしの出世作)を掲載し、好評を博していたからです。
連載は1969年1月から12月まで。翌1970年『十二の真珠』というタイトルでやなせたかしと親交のあったサンリオ(当時は山梨シルクセンター)が単行本化しました。初期の「やなせメルヘン」の集大成としてまとめた本です。
1990年に一度復刊された際の「新しいまえがき」でこう書いています。
「ぼくは漫画家としてスタートしたが、童話をかきたいとずーっと思っていた」
『十二の真珠』の一編、それが「アンパンマン」だったのです。ただし、みなさんご存知のあのジャムおじさんが焼いたまん丸顔でつぶあんが詰まったアンパンヒーローではありません。丸顔ですが、お腹の出た中年の人間のおじさんだったのです。
冒頭にこう紹介があります。
「アンパンマン。あんまりきいたことのないなまえですが、たしかにある日、アンパンマンは空をとんでいました。みたところ、マンガのスーパーマンや、バットマンによくにていました。」