20年以上コンサルティング業界で培った経営戦略を人生に応用した『人生の経営戦略』の著者・山口周氏と『君は戦略を立てることができるか』の著者・音部大輔氏。初対面ながら意気投合した両氏が、「戦略論」について熱く語り合った。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

人生がうまくいく人ほど実は「メンタルが弱い」。その深すぎる理由とは?Photo: Adobe Stock

自分の人生は、自分で「経営」する

――音部さんは、山口さんの『人生の経営戦略』をどのように読まれましたか?

音部大輔(以下、音部) 好きな個所はたくさんあるのですが、まず『人生の経営戦略』というタイトルが素晴らしいと思いました。それぞれの人が、人生という事業のオーナーであり、そこには経営戦略が適用できるというコンセプトが良いですね。

この本を読めば、みなさん自分の人生にあてはめて経営戦略を考えられるようになるでしょう。経営戦略のフレームワークを、ケーススタディではなく自分の人生で実体験するというのは、特に若い人にとっては身につけやすいアプローチだと思います。

山口周(以下、山口) 経営戦略というのは、なかなか学んでも実践する機会がないので、最も実害がないのは自分を実験材料にすることなんです。個人だって労働市場においてポジションを作っていかなくてはならない。そう考えると、経営戦略のフレームワークを活かせる場面はたくさんあるのではないでしょうか。

音部 実は私の本にも「この本は仕事にも恋愛にも役に立つ」とか「子育てとキャリアの両立がうまくいきました」みたいな反響があるんです。はからずも「人生の経営戦略」的な読まれ方をしているんですね。

人生がどうもうまくいっていないときって、やる気のスイッチが入っている/入っていないとかの問題ではなくて、たぶん「資源劣勢」な状態なんです。つまり、目的の達成に対して自分が投下できる資源の量が足りていない。

しんどいときに、ひたすら頑張るのが悪いとは言いませんが、資源が目的達成のために必要な量を上回っている「資源優勢」の状態に持っていければ、焦りをワクワクに変えることができます。そう考えたとき、資源を一気にドカンと拡張するのはやはり難しいので、「目的を再解釈する」ことが効いてくるんです。

山口 目的の再解釈は、音部さんの本の重要な要素なので、おいおい詳しく伺っていきたいと思います。ともあれ、目的と資源は天秤の両サイドにあるような関係なので、両者をバランスさせるという発想が必要になってくるということですね。

僕の本では、個人が持てる資源を「時間」「スキル(人的資本)」「人間関係(社会資本)」「お金(金融資本)」に分けて説明しているのですが、自分がやろうとしていることに対して、これらの資源が足りていないならば、やはり戦略が破綻しているということになる。

また、資源を拡張するという意味では、他の全ての資源につながる「時間」をどう配分するかということが、人生の経営戦略上の要点になってくると思います。

心に「パラシュート」を装備しよう

音部 山口さんの本で印象に残っているパートで言うと、「こういう時代は『臆病』が競争優位になる」(第4章、256ページ)という指摘には大いに共感しました。起業するにあたって、本業をすっぱり止めて起業に全振りした人たちよりも、本業を続けながらサイドプロジェクトとして起業した慎重な人たちのほうが、実際には大胆なリスクを取って成功する確率が高かった、という話です。

この部分を読んで、私がP&G時代に組んでいた研究開発部門のリーダーの言葉を思い出しました。MIT出身で航空力学を専攻していた人なのですが、ある日彼にこんなクイズを出されたのです。

「飛行機の技術革新に最も貢献した発明は何だかわかる?」

エンジンや素材、流体力学の進化などを挙げましたが、どれも違う。答えは「パラシュート」でした。

パラシュートが登場したことで、いざとなったら飛行機から脱出することが可能になったので、野心的な設計の飛行機にもパイロットが乗ってくれるようになった。また、事故が起きても生還できるので、どこでどんなふうに具合が悪くなったかというフィードバックもできる。これで、航空機の進歩が加速したというのです。

山口 そういう「いざというときの備え」があれば、大胆な行動に出ることができますよね。

太平洋戦争時に零戦のエースパイロットとして活躍した坂井三郎という人がいます。たいへん難度の高い「左捻り込み」という必殺技を得意とした人物なのですが、戦後に受けたインタビューでは、「実際に空戦で捻り込みを使って敵機を墜としたことは1回もない」と答えているのです。「あんなものに頼ってはダメだ。でも、最後にこれが使えると思っていれば、気持ちに余裕が持てる」と。坂井にとっては、捻り込みが「パラシュート」の役割を果たしていたのです。

僕が今回の本で紹介したような経営戦略のフレームワークも、知的なパラシュートのようなものだと思っています。これらの概念を知っておくことで、適切なリスクを取りながら、よりリターンの大きい選択肢を選べるようになる。

ところが、いろんな企業の研修をやっていて感じるのは、驚くほどみなさん知的に武装されてないということです。財閥系の企業の幹部候補ですら、「ファイブフォース」も「ネットプレゼントバリュー」も知らない。これでは丸腰で戦いに臨むようなもので、いささか危機感を覚えています。

(第3回に続きます)

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。
慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。その他の著書に、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『知的戦闘力を高める 独学の技法』(日経ビジネス人文庫)など。

音部大輔(おとべ・だいすけ)
17年間の日米P&Gを経て、ダノンやユニリーバ、資生堂などでマーケティング担当副社長やCMOとしてブランド回復を主導。2018年より独立、現職。家電、化粧品、輸送機器、放送局、電力、広告会社、D2C、ネットサービス、BtoBなど国内外の多様なクライアントのマーケティング組織強化やブランド戦略立案を支援。博士(経営学 神戸大学)。著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)、『The Art of Marketing マーケティングの技法-パーセプションフロー・モデル全解説』(宣伝会議、日本マーケティング学会「日本マーケティング本大賞」で2022年の大賞受賞)などがある。最新刊『君は戦略を立てることができるか』。