パラレルキャリアへとつながった“農業”との出合い

 2人目は小林涼子さんです。

 小林さんは、4歳で子役としてデビューした俳優(=メインキャリア)であるとともに、株式会社AGRIKOの代表取締役CEO(=パラレルキャリア)として活躍しています。俳優としては2024年に放送されたNHKの連続テレビ小説『虎に翼』にも出演しています。

 パラレルキャリアのテーマは、24歳のときに出合った農業であり、2021年、31歳のときに農業を組織化する形で起業を決意し、株式会社AGRIKOを設立し、現在に至っています。

 パラレルキャリア開始のきっかけは、俳優業に対して精神的に疲れてしまい、家族のすすめで、新潟県にある、父親の友人の棚田の手伝いに行き、「何もない」と思っていた場所が、実は東京にはない豊かさに満ちていることを知ったことでした。「これまで持っていた“豊かであること”の価値観が大きく変わりました」と振り返ります。

 パラレルキャリアの効果として考えられる、リフレッシュ効果やメンタルバランスの安定効果、そして、メインキャリアとの相乗効果について、次のように語っています。

「やることはものすごく増えましたが、俳優業で役作りに集中しすぎて精神的に疲れたときは、農業の仕事をするとリフレッシュできるし、スタッフの皆が『ドラマ見たよ、がんばって』と応援してくれるのが支えになっています」

「農業の仕事でアイデアが行き詰まってしまうのを俳優業が緩和してくれるので、バランスよく働けて、良い相互作用がたくさんあります。大変だし、疲れることもありますが、『良かった』と思えることばかりです」

 小林さんのケースは、農業と福祉をつなげた社会活動である点で、連載第6回で私が示した3つの“付加価値のあるパラレルキャリア”のうちの3つ目の「社会課題解決型パラレルキャリア」に相当します。メインキャリア(俳優業)とパラレルキャリア(農業)が互いに好影響を及ぼし合っている理想的な事例といえます。

 特徴的なのは、どちらをメイン、どちらをサブとみなすことなく、どちらもメインと考えている点です。プロフェッショナルとして、どちらに対しても全力投球し、相乗効果を発揮させています。

 順風満帆に見える小林さんのキャリアですが、「20代で、自分の未来が見えない暗黒時代に突入した」と本人が語るように、俳優業が必ずしも順調に推移したわけではなかったようです。

 自分の歩みだけが止まっているような焦りもあったとも述べています。何をしたらいいかよくわからないなかでも、「諦めてたまるか!」という気持ちと、「世の中には自分が知らないことがまだたくさんあって、自分にぴったり合うものが、そのなかにきっとあるはずだ」と信じ、日本舞踊や乗馬や英語、韓国語の勉強など、さまざまなことに貪欲に取り組んだようです。諦めずに試行錯誤を続けたからこそ、「農業」という、自身が追求したいテーマに出合えたといえるでしょう。小林さんがひたむきに努力する姿を見て、家族や知人、そして、農家の人たちがサポートしてくれた点も大きかったと考えられます。

 俳優業でうまくいかなかったときでも、収入補填のために「副業」に走るのではなく、仕事にプラスになりそうなものを諦めずに追求していった結果が、自身にとって理想的なパラレルキャリアのテーマ(農業)に出合うことにつながり、現在の豊かなキャリアに至っているように思います。

 小林さんのケースは、まさに、つるのさんが指摘した「探索」行動だといえます。単にネットで「農業」を「検索」しただけだったら、決して農業の楽しさややりがいはわからなかったでしょう。「検索」ではなく、新潟の棚田に自ら出向き、汗をかくなど、「探索」を行ったことで視点が大きく変わったことが次の言葉につながっていると思います。

「『何もない』と思っていた場所が、実は東京にはない豊かさに満ちていることを知り、これまで持っていた“豊かであること”の価値観が大きく変わりました」

 諦めずに行動し続けたことが知人の助けをもたらし、新潟まで足を運んだことで「農業」という自分がやりたいことに出合えたわけです。良い偶然を引き寄せるために必要とされる姿勢である「好奇心」「持続性」「柔軟性」「楽観性」「冒険心」、キャリアを豊かにすることに効果的である「弱い紐帯」(緩やかなつながり)が作用したと考えられます。

▲小林涼子さんは「フレッシャーズ・コース2026」の第4巻に登場している。▲小林涼子さんは「フレッシャーズ・コース2026」の第4巻に登場している。