副業から“付加価値のあるパラレルキャリア”に発展

 3人目は滝沢秀一さんです。

 滝沢さんは、お笑い芸人(=メインキャリア)であるとともに、ゴミ清掃員(=パラレルキャリア)として活動しています。

 パラレルキャリア開始のきっかけは、収入補填のためでした。本人が言うには“お笑い”で飯を食えたのはたった3年間だけで、収入が減り、アルバイト先を求めて9社の面接を受けたが、年齢を理由にすべて落とされたそうです。しかし、奥様の出産のためにまとまったお金が必要で、藁にもすがる思いで、昔の芸人仲間に電話し、やっと得られたのがゴミ清掃の仕事だったとのこと。ゴミ収集の会社に就職したのが2012年、36歳のときでした。そして、ゴミ清掃員を始めて2年経ったある日、テレビ番組でサンドウィッチマンの姿を見たときに、「サンドウィッチマンが日本一の漫才師だったら、僕は日本一のゴミ清掃員になろう!」と決めたところ、次の日から“ゴミの見え方”が一変して、それまでは、ただのゴミ袋にしか見えなかったひとつひとつのゴミに、個性があることに気づいたそうです。「考え方を変えたら、見える景色が変わった」と語っています。やがて、街なかにあふれるゴミの話や清掃員の日常をSNSで発信し続けた結果、“マシンガンズ滝沢”の「もうひとつの顔」が世間に知られるようになっていきました。

 パラレルキャリアの効果について、インタビュー記事のなかでは直接的には示されていません。しかし、奥様の出産時の収入の危機を脱し、2人のお子様は、父親の仕事を理解できるくらいに成長したという現実があります。そして、メインキャリアであるマシンガンズでの漫才においても、2023年に行われた「THE SECOND」(結成16年以上の漫才師による大会)で準優勝に輝くなど、「自身の座る場所がない」と、かつて感じたメインキャリアにおいても輝きを放ち始めている点からも効果は十分にあったとみなせます。

「僕は、人に恵まれていると思います。ゴミ清掃の仕事を丁寧に教えてくれるベテランの方がいたり、お笑い芸人の先輩たちが飲みに連れていってくれたり……。立場が上の人の優しい振る舞いで、自分の居場所をつくることができました」と滝沢さんは語っています。パラレルキャリアでの真摯な取り組みが「居場所」をもたらしたといえるでしょう。

 滝沢さんのケースは、ゴミ問題という社会課題の現場で使命感を持って取り組んでいる点で、小林さん同様、“付加価値のあるパラレルキャリア”のうちの「社会課題解決型パラレルキャリア」に相当します。

 不安や閉塞感などの精神的な要素がパラレルキャリアを開始するきっかけとなる場合が比較的多いなか、滝沢さんの場合は、「収入確保」という必要に迫られてのスタートでした。ゴミ清掃員の仕事を開始したばかりは収入補填のための「副業」であり、私の定義する“付加価値のあるパラレルキャリア”にはあてはまりません。しかし、続けていくなかで、視点を変え、「日本一のゴミ清掃員になる」という志を立て、居場所も確立しました。ここまでくると、単なる「副業」を越えた“付加価値のあるパラレルキャリア”といえます。コロナ禍で、ゴミ清掃員がエッセンシャルワーカーとして注目を浴びたことは記憶に新しいですが、それ以前から、志を持って取り組んでいた点で素晴らしいと感じます。

 私自身、大学教員時代、授業のなかで、大学生に向け、社会に出て「仕事」をするなら、生活費を稼ぐためだけに、いやいやする「死事」ではなく、「世の中に価値を届けよう」という志をもった「志事」を目指そうという話をよくしましたが、まさに、滝沢さんのケースは、ゴミ清掃の仕事に対して、自身で意味づけを行い、「志事」にしている典型的な例といえるでしょう。

 社会的意義に対する認識もしっかりしており、将来も続けていきたいという思いもあり、開始当初の収入補填型の「副業」から「社会課題解決型パラレルキャリア」にバージョンアップされて現在に至っています。だからこそ、メインキャリアであるお笑い芸人の仕事にもプラスの影響が出ているのではないか、と私は思います。

▲滝沢秀一さんは「フレッシャーズ・コース2026」の第5巻に登場している。▲滝沢秀一さんは「フレッシャーズ・コース2026」の第5巻に登場している。