本当の「知」は、すでに相手の中にある

佐渡島:実は僕が理想としてきた対話の姿勢があるんです。それは「ソクラテスの産婆術」。古代ギリシアの哲学者ソクラテスは、自らを教師役として相手に知識を授けるのではなく、お産婆さんのような役割に徹しました。赤ん坊がすでに母親の胎内でしっかり育っているのと同様に、対話の相手も、実は自分の中に「知」を持っている。本当に賢い人間は、相手の「知」を引き出す手助けをするに過ぎない。その手段として「対話」を用いるんです。

僕も、そんな「対話」ができる編集者になりたいとずっと願ってきましたが、中田さんのお話は、まさに「ソクラテスの産婆術」の現代日本版だなと感じました。

自分に「なぜ」を使うのは“自己否定”

中田:ありがとうございます。実は僕も、二つの理想の「対話」像があるんです。一つ目が、まさにソクラテスの「無知の知」。二つ目が、孔子の「これを知るをこれを知るとなし、知らざるを知らざるとなせ、これ知るなり」です。

どちらも、「知っている」ことより、「自分が知らないことを知っている」ほうが、本当の賢さだといっている。古今東西の大思想家たちは、みな「己自身を知れ」と言っているんだと思います。

佐渡島:僕は自分の「無知」を知るために、自分に対しても「どうして?」「なぜ?」と自問自答していた時期がありました。でも、自分に対して「なぜ」を多用することは、実は自己否定につながるんじゃないかと感じて、「なぜ?」の多様をやめたんです。自分にやめたのなら、他者にもしない、そういうことですよね。

中田:ちなみに親子コミュニケーションの講座では、「詰問型のなぜ質問」や「おせっかい型のなぜ質問」を、「事実質問」に変えるのが難しければ、もう質問自体しなくていいですとお伝えしています。とにかく相手の存在を、黙って受け入れてくださいと。すると2,3週間で親子関係が劇的に改善した例がいくつもあるんです。

「思ってたんと違う!」先に、幸運がおちていることも……

佐渡島:この本で、「相手に本当に受け入れてもらいたいなら、提案しないこと」というくだりがあがって、ハッとしました。今のご時世、「リーダーシップ」がいろいろ問われているじゃないですか。「弱いリーダー」とか「学習する組織」とか、いろいろ新しい組織論も登場するけれど。そんな中、「提案しない」を掲げるって、ある意味、すごいなと思いました。

中田:世の中にはいろいろな固定観念があるけれど、もしかしたら一番の思い込みは、「物事には因果関係がある」というものかもしれないなと。でも僕、つくづく思うんですよ。この世で起きることのすべては、基本的に、出合い頭で、偶然なんだって。

「頑張ったからうまくいった」は“思い込み”

佐渡島:出合い頭で、偶然? 意図したようには進まない、ということですか。

中田:ええ。それもあるけれど、「原因」と「結果」は必ずしも結びついていないということです。例えば、「過去に〇〇を頑張ったから、今の成功がある」みたいなのもそう。「頑張った=原因」が、「成功=結果」を導き出したというのは、ほとんど思い込みだと思うんですよ。そんな因果関係は実は妄想であり、その妄想を、我が子や部下にも追体験させようとしているんじゃないか、つまり提案の中身なんてそんなものに過ぎないのではないか、ということです。

さっき、佐渡島さんが、自分に対して「なぜ?」を連発していたとおっしゃいました。「なぜ、自分はいま、この立場にいる?」と問えば、「自分が努力して勝ち取ってきたから」になるかもしれません。反対に「自分が努力しなかったから、今この立場にある」と思う人もいるかもしれません。

でも、同じ内容を、今度は「いつ?」「誰が?」と事実質問で問いかけてみてください。そうすると、恐ろしいことに気づくんです。実は自分の力で得たと思っていた今の社会的評価なり、成功なりって、実は偶然だったり、時の運、人様のおかげだったことに気づくんですよ。要するに、偶然の産物だということです。