「それはわかっておる。だが、南京米をいくら輸入したってだれも食わんではないか」

「その通りです。我が家は南京米を食べているなんて恥ずかしくて言えませんよ。長屋の共同水道で南京米なんか研いでたら近所のおかみさん連中からどんな噂を立てられるかわからない。いくら米が高いといっても、南京米なんか食べたくないからこそ暴動が起きているんです」

「米をよこせと騒いでいるのは、日本米をよこせと言っているのと同じだからな」

「いまは景気がよいから、皆が日本米を食べたがる。日本米を増やすより方法はありません」

「だからといって、今から作付けを急に増やすわけにはいかないではないか」

 次第にイライラし始めた山本に、太郎は調査していた江蘇米の事情を説明した。

「江蘇米ならわしだって知っている。あれなら日本米と寸分違わぬ。だが支那は江蘇米の輸出を禁じているんだぞ。だから苦労しているんじゃないか」

「だからといって手をこまねいていたのでは、いつまでも国内の騒ぎはおさまりませんよ。輸出禁止がなんだというんです」

「どういう意味だ」

 太郎は姿勢を正し、静かに口を開いた。

「日本政府は、江蘇米の密輸入に踏み切るべきです」

「密輸……とな」

 山本は腕を組み、目を瞑 つむって考えこんでしまった。政府の名において密輸入などやるわけにはいかない。そんなことは太郎も織り込み済みだ。

「むかし御朱印船というのがありました。いわば政府御用の密貿易船です。政府が表立ってやれないというのであれば、私が代わってやりましょう。いかがですか?」

「君が?」

 山本は目を見開いた。太郎が無言で頷く。山本は意を決したように言った。

「わかった。頼む」

 こうして太郎は、政府御用の密輸元締めとなって、江蘇米を調達することになった。

私の儲けはいりません
すべて政府に差し出します

 にわかには耳を疑うようなコメ密輸の提案を、山本はその場で決断を下します。それだけ、事態は切迫していたのです。さらに太郎は、一歩踏み込んだ条件を提示します。

「大臣、これに関して私の儲けはいりません。すべて政府に差し出します。私利私欲ではなく、お国のためにやるのですから。その代わり、損をしたら政府が補っていただけませんか」