「ヤマ師」に学べ―怪物経営者・山下太郎の決断力と思考法#15Photo:PIXTA

裸一貫から一代でトヨタ・松下・日立を超える高収益企業「アラビア石油」を作った破格の傑物、山下太郎――。ペルシャ湾沖の掘削現場で大規模火災が発生する。「日の丸原油、炎上!」と世間が騒然とする中、太郎は逆境を前向きに捉え、努めて明るく振る舞った。追加出資や銀行融資を求めて奔走する太郎の姿勢は、単なる強がりではなく未来への確信と責任感の表れだった。この連載では、山下太郎の波乱万丈の生涯を描いたノンフィクション小説『ヤマ師』の印象的なシーンを取り上げ、彼の大胆な発想と行動力の核心に迫る。

日の丸原油、炎上!
アラビア太郎の大ピンチ

 石油掘削プロジェクトが佳境を迎える中、アラビア石油が突如直面したのは、最悪のシナリオとも言える火災事故でした。 

 突然、掘削中の穴から土砂を含んだ水とガスが凄まじい轟音とともに噴き上がったのです。穴から噴き上げられた石ころが甲板の鉄柱にぶつかって火花を発し、たちまちそれはガスに引火しました。瞬く間に爆発が起き、20メートルに達する火柱が燃え上がりました。

 現地での懸命な消火作業が終わり、再び掘削作業を開始できたのは、火災発生から4カ月後。新聞には「日の丸原油、炎上!」「アラビア太郎の大ピンチ」といった見出しが躍り、悲観論が一気に噴き出しました。

 けれども、そんな逆風の中にあっても、太郎はひときわ明るく振る舞い続けました。

「たった500メートル掘っただけで天然ガスが出たのは、その下に油がある証拠だ。燃えたのは良い兆候だよ。燃えなければ望みもなかったんだから」

 冗談交じりに語るこの言葉には、単なる強がり以上の確信と覚悟が込められていました。実際、火災の後に届いたサウジアラビア代理大使からの“祝電”には、「Congratulations! Good News in bad form.(おめでとうございます。悪い形の良いニュースですね)」という洒落たメッセージが記されていました。それは、太郎の前向きさと直観力を後押しするような激励となりました。

 とはいえ、事業はすでに綱渡りの状態でした。火災は資金繰りを決定的に悪化させ、アラビア石油は資本金を52億5000万円から100億円へと増資することを決定します。太郎や石坂泰三、そして小林中ら幹部陣は、株主企業を一社ずつ訪ね歩き、追加出資を頼み込んで回りました。

 また、追加出資だけでは必要な資金を賄うことは到底できないため、銀行からの融資も必要となります。ところが、日本興業銀行(興銀)が取りまとめ役となっていた大手銀行の協調融資団も空中分解の危機にありました。

 この局面で太郎の強い味方となったのが、興銀副頭取の中山素平でした。