興銀・中山素平が抱いた
太郎への信頼

小説『ヤマ師』より引用(P331〜332)

 太郎、石坂、小林の3人が興銀を訪れ、川北禎一頭取と中山に面会したのは、現地ではまだ懸命な消火活動が続いている9月下旬のことだ。資金計画に狂いが生じ、年度末までに32億円がショートすることが確実であることを訴えた。増資を行うことを決めているが、その時期は未定のため、つなぎ融資を仰ぎたいと頭を下げた。

 太郎は駐日サウジ代理大使の「祝電」を披露しながら、努めて明るく振る舞った。出火したのは必ず石油が出る証拠だし、新規出資を希望する株主も続々と増えていると、火災のことなど全く心配していないかのような態度である。

 3人が応接室を出た後、川北は中山に向かい、呆れたように肩をすくめた。

「やっぱりあの人は信用ならんな。あれだけの大事故なのに、まるでボヤくらいの言い草だ」

 そう言うと、意味ありげに指を舐め、眉に付けた。

「そうですかね。大事は軽く、小事は重く……。小事を軽く扱い過ぎて失敗するか、大事を重く扱い過ぎて失敗するのがそこらの経営者の常ですが、さすがに肝が据わってるなと感心しました」

 中山は川北が明らかにアラビア石油の支援から腰が引けていることを感じ取り、太郎の肩を持った。

「随分、彼にご執心だな。だが、私の聞いている話では、どの株主も動揺しているようだ。輸銀だってもはや融資しないようじゃないか。今回ばかりはうちが協調融資の幹事を引き受けるのは得策じゃないだろう」

「うちがやらなきゃ、どこも引き受けませんよ」

「だったらなおさらだ。そもそも民間企業が油田を掘るなんて無理だったんだよ。あの人は運がなかった。撤退を進言するのも銀行の役目だろう」

「いまさら撤退なんて……。今回は増資までのつなぎ融資の話です。増資さえ実現すれば、事業は継続できます」

 川北はタバコに火を付けると、考え込むように窓際まで歩き、窓の外を眺めながら言った。

「石油は出ると思うか」

 川北の背中を見つめながら中山が返す。

「はい」

「増資は成功すると思うか」

「なんとかなるでしょう」

 川北が煙を吐きながら振り返った。

「君も頑固だねえ……」

 そして、もう一度外に目をやるとつぶやくように言った。

「増資が確実なのなら、つなぎ融資は仕方ないか」