さらに研究チームは子どもたちが成人して以降、現在にいたるまで、長期間の追跡調査を実施しています。
ミシガン州で始まったこの教育プロジェクトの目的は、当時、深刻な社会問題となっていた教育格差の解消でした。のちにノーベル経済学賞を受賞することになるジェームズ・J・ヘックマン教授らの研究チームは、低所得層のアフリカ系アメリカ人の3~4歳児を対象に、就学前教育によってその後の人生にどのような違いが生まれるのかを追跡調査していったのです。
特筆すべきは、この調査が非常に長期にわたって継続されていること、そして、予想もしなかった発見をもたらしたことです。
当初、研究者たちは就学前の教育を行うことによって、子どもたちの認知能力(学力や知識)が高まり、その結果として教育格差を解消できるのではないかと考えていました。実際、子どもたちはプロジェクト開始から数年間、学力テストで高い成績を収めていたのです。
非認知能力の育成が
子どもの将来を左右する
ところが、その効果は時間とともに薄れ、9歳になる頃には就学前教育プロジェクトを行ったグループと実施していないグループの認知能力的な差は顕著ではなくなっていきました。しかし、別の側面で、大きな差が現れ始めたのです。
それは学習意欲や労働意欲、自制心、困難に立ち向かう粘り強さといった、数値では測れない力の差でした。現在は「非認知能力」と呼ばれているこれらの力が、就学前教育プロジェクトに参加した子どもたちの中にしっかりと根付いていたのです。
しかも、追跡調査によってその効果は大人になってからの人生にも大きな影響を与えていることがわかりました。例えば、40歳時点までに逮捕歴がある割合は、プロジェクトに参加しなかったグループに対し、参加したグループは半分以下、月収2000ドル以上の割合は、参加しなかったグループが7%だったのに対し、参加したグループは29%でした。また、高校の卒業率もプロジェクトに参加したグループのほうが21ポイント高い結果となりました。